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はじまりの旅

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「ニタ、いる?」
 クグレックの呼びかけにあの可愛らしい子供のような声は聞こえてこなかった。
 まだ意識が飛んでて返事が出来ない状態である可能性も考慮して、クグレックは部屋の中を一通り探してみたが、白い子熊のぬいぐるみの様なあの子はいなかった。
 部屋を出て、ついでにトイレも探してみたが、ニタの姿は見えなかった。
 ニタの安否を心配しながら、クグレックは先ほど鍵開けの魔法をかけた扉へ戻った。鍵開けの魔法は成功しており、扉は難なく開いた。
 こちらの部屋も灯りがついてなかったので、クグレックは再び魔法で灯りを灯した。部屋は、小部屋の倍広く、クグレックが幽閉されていた小部屋にあった木箱と同じ木箱が大量に積まれていた。この部屋には木箱以外の物は見当たらなかった。
 もしかすると、ニタはこの木箱の中に閉じ込められているかもしれない、とクグレックは考えたが、目の前の山のように積まれた木箱を見て、ため息を吐いた。木箱の数は先ほどの小部屋にあったものよりも数倍はある。重さもあるので、非力なクグレックにはなかなか重労働だった。
 だが、弱気になっていられない、とクグレックは奮起して、木箱開けに取り掛かろうと手にしていた木片を掲げた。
 今の彼女には、物体移動の魔法がある。魔法の力を使えば、重い荷物も簡単に動かすことが出来てしまう。
「ラーニャ・レイリア!」
 木箱に向かって呪文を唱えたクグレックだったが、やはり木片の杖では魔法がうまく使えなかった。1ミリほど動かすのに、木箱の重い蓋を開けるのと同じくらいの力が必要だった。
 魔法にばかり頼るのも良くないな、とクグレックは痛切に感じ入り、袖をまくって木箱開けに取り掛かることにした。
 と、その時だった。ピアノ商会の正面入り口側からバタンとドアが閉じる音がした。そして、男性が喋る声が聞こえてくる。
 クグレックは緊張した。もし見つかったら大変なことになってしまう。絶対に物音立てずに、かつ外で男達がどんな話をしているのか気になって、そっと壁際まで歩いて聞き耳を立ててみた。
「いやぁ、今日も寒いな。
「本当に。リタルダンドは雪は少ないが風が冷たいんだよな。」
「なんでここにアジトを構えちゃったのかねぇ。そういや、あの新入り、絶滅したとされるペポを捕えたって。」
「へぇ、あのペポを。」
「しばらくはボスのお気に入りになるだろうな。」
「ま、すぐに飽きられて、コレクターに売られるだろうけどな。」
「ははは。ま、ボスに報告がてら、ペポでも観に行くか。」
 男達の声はクグレックがいる部屋に近づいて来た。クグレックの心臓は破裂寸前まで高鳴った。見つかったらどうしよう、という緊張感と恐怖にクグレックは暑くもないのに汗が大量に出て来た。
 が、男達の声は次第に遠ざかって行った。階段を上がって2階へ行ったようだ。クグレックはほっと安堵のため息を吐いた。
 そして、ニタの手がかりもつかめた。
 男達の話によると、ニタはこの部屋にはいないようだ。この大量の木箱を開けないで済む、ということが分かり、安心した。
 だが、ニタが捕えられたままなのは変わらない。おそらくニタはボスの部屋にいるということなので、クグレックは2階へ上がることを決意した。
 ただ、この杖代わりの木片では、いざ誰かに見つかった時に身を守る術が心許なく不安だ。いつもの樫の杖さえあれば魔法の力クグレックを助けてくれる。ニタ救出の前に、何としてでも樫の杖を取り戻さなければならない。
 マルトの村では忌み嫌われていた、クグレックの大嫌いだった魔女の力が、今やクグレックが前に進んで行くに当たって大切な力となっていた。

作品名:はじまりの旅 作家名:藍澤 昴