はじまりの旅
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クグレックはハッとして目を覚ました。
クグレックは一人、洞窟の中で眠ってしまっていたようだ。枕代わりに荷物がクグレックの頭の下に敷かれ、体にはいざという時のための毛布がかけらていた。
生きてきたうちでここまで長く魔法を使い続けることがなかったので、クグレックが持っていた魔力が底をついてしまったのだ。頭が重くて、立ち上がる気にもなれなかった。
ふと、クグレックは手の中に小さな石を握っていることに気付いた。
掌を広げてみると、それは瑠璃色に輝く金平糖だった。
今眠っていた間に、クグレックは何か夢を見た様な気がしたのだが思い出せなかった。だが、クグレックは何も疑うことなく瑠璃色の金平糖を口に含んだ。砂糖の甘さがクグレックの口の中に広がった。
すると、クグレックの体の中から何か温かい力が湧いてくるような感覚が発生した。
頭の重さやだるさが一気に吹き飛んで、立ち上がることも容易となるくらいに力が湧いて来た。クグレックは杖を手にして立ち上がった。もうふらつきも感じない。しっかりとした足取りでクグレックは洞窟の外に出た。
洞窟の外では悲しい光景が広がっていた。エイトやビートが倒れていた。彼らの顔は真っ赤に腫れあがって、元の顔が判別できない程だった。恰好だけで判断できる状態だった。そして一番体の大きな力自慢のリックが二人の山賊に暴力を振るわれていた。彼もまた、血を吐き出して、体中痣だらけになっている。フラフラになりながらも、かろうじて立ち上がるが、二人の山賊からの容赦のない打撃が集中する。まるで人間サンドバックだ。
クグレックは怖くなった。自分が呑気に寝ている間に、親切にしてくれた3人が死にそうにしている。その命が今尽きようとしているのを間近にして、クグレックは怖くて怖くて仕方がなかった。足に力が入らず、クグレックはへたりとその場に座り込んだ。
すると、そこへ松明を掲げた人達が駆けつけて来た。
「リック!エイト!ビート!」
襲撃班に加わっていたうちの一人の青年が傍らに倒れているビートに駆け寄った。
その後からニタやマシアス、村の男たちが到着した。
「クク、大丈夫だった?」
ニタはわき目も振らずクグレックの元へやって来た。クグレックはニタの姿を見た瞬間、安堵感と安心感で張りつめていたものが崩壊し、ボロボロと大粒の涙を流した。
「ニタ、私がくたびれたばっかりに、エイトさんやビートさんが・・・。リックさんも…。」
ニタはクグレックを見た。枯葉や砂が服や髪の毛に付いてボロボロの汚い状態だった。更に涙まで流すものだから、顔も泥や涙でぐちゃぐちゃに汚れてしまっていた。ニタは「頑張ったね。」とクグレックに声をかけて、ぽんぽんと頭を撫でた。
「大丈夫。ニタがあいつらを倒してやるから、ククはここで大人しく待っていて。」
そう言って、ニタは山賊達の前に立ちはだかった。
既にリックはマシアス達の手により救出され、後から来た村の男達により応急手当てをされていた。3人とも意識はないものの、まだ呼吸もあり、かろうじて生きていた。救出が少しでも遅かったら、危なかったかもしれないが。
「ペポ、あいつらはあの家にいた奴らとは違うからな。油断せずにかかれ。本物のハンターだ。」
マシアスが臨戦態勢に入ったニタに声をかけたが、ニタは
「どんな奴がこようとも、ニタの敵ではなーい。」
と言い払った。
そして、ニタは山賊達に向かっていく。音よりも早い可憐な拳で山賊達に殴りかかるが、山賊達は懐に隠し持っていた武器でその拳を防御した。山賊の武器は頑丈な金属製の棒だった。
「お、やるね。」
ニタは拳をハラハラと振りながら、山賊と間合いを取る。拳が金属の棒と全力でぶつかってしまったので、少し痛かった。
「だから言っただろ。アイツらとは違うって。」
マシアスが近づいて来て囁く。ニタはうるさいと言わんばかりにマシアスに手を払った。
「ペポ、お前の腕力もなかなかだが、俺には適わないぞ。」
マシアスはマントを翻し、山賊に攻撃を加えに駆け出す。山賊は反撃しようとマシアスの間合いを読み、棒で攻撃を繰り出すが、マシアスはその棒を素手で受け取り、力任せに引っ張って山賊を引き寄せ、山賊のこめかみめがけて右ハイキックを一発喰らわせた。山賊は軽い脳震盪を起こし、体をぐらつかせる。マシアスが体勢を整えようと右足を着地させようとしたところで、もう一人の山賊がマシアスに飛びかかって来たが、マシアスはそれを華麗に受け流し、相手の腕を掴んで地面に叩きつけた。マシアスの身に付けるマントやストールが動くたびに風に靡く姿は、芸術的なものだった。
だが、山賊達はハンターだけあって、打たれ強かった。すぐにダメージから立ち直り、マシアスとニタに向かって攻撃を繰り出してくる。
とはいえ力の差は歴然としていた。山賊達よりもニタとマシアスの方が断然優勢に立っている。
涙に暮れていたクグレックだったが、ニタとマシアスの強さに安心して、いつの間にか涙も止まっていた。
二人なら山賊どもを懲らしめてくれるという希望がクグレックの胸の内を包んだ。
が、安堵の時間はそう長くは続かない。突然クグレックは何者かに後ろから羽交い絞めにされ、身動きが取れなくなった。丸太のように太くて浅黒い腕がクグレックを抑える。
いつの間にか、ビートたちを手当てしていた村の男たちが倒れている。
耳元では男の荒い呼吸が聞こえた。
「よう、魔女のお嬢ちゃん。君の仲間が、俺の部下たちに随分ひどいことをやってくれたじゃないの。ちょっと人質になってもらうよ。」
下衆い声がクグレックの耳元でそう囁くと、クグレックの頬にひんやりとした金属を押し付ける。
村人の前情報では山賊は10人であったが、この男の出現で11人目となる。しかも、話の内容から察するに、この男は山賊の中のボスであることが考えられた。
「逃げようとしないことだ。このナイフはよく切れるんだ。」
ひんやりとしたナイフの刃先がつうとクグレックの頬をなぞる。
クグレックはびっくりして、声を出せなかった。呼吸が浅くなり、心臓の動機も早まる。
ボスがニタ達に向かって声を上げた。
「おい、そこの砂漠の民とペポの生き残り!この女がどうなっても良いのか!」
ニタとマシアスは人質に取られたクグレックの姿を見て、ぴたりと動きを止めて山賊達に対する攻撃姿勢を解いた。
山賊達はニタとマシアスの攻撃を受けまくって、立つのもやっとな状態だったが、クグレックの後ろにいる自分たちのボスの姿を見た瞬間、ほっとしたような表情を浮かべた。
「さぁ、お前たち、今宵はニルヴァだけでなく、数年前に絶滅されたとされる希少種のペポもいる。そこの男は殺してしまっても構わないが、このペポはニルヴァ同様生け捕りにして捉えろ。動きを封じるために、骨を折るくらいなら構わん。コレクターであるならば希少種をペットにしたいと金を出すだろうが、最終的にペポはその瞳と毛皮に価値があるのだ。邪魔な男達は全て殺してしまえ。」
「卑怯だぞ!」
「おっと、砂漠の民と希少種は動くな。動いたらこの魔女の命はなくなると思え。」