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はじまりの旅

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 時は遡り、花火が上がる15分前のこと。防衛班はニルヴァの住処とされる洞窟の前でじっとしていた。山賊に見つかるとまずいので灯りもつけずに、ただひたすらじっとしていた。夜目でも、これだけ長く灯りもつけずに外に出ていれば慣れて来て、周りも見えるようになっていた。
 クグレックはひたすらニタの無事を心配していた。今のニタは少し無茶をしそうで危なっかしいのだ。
「あ、ニルヴァ。」
 エイトが声を潜めて言った。齢30後半の気の優しそうな男である。
 クグレックは、きょろきょろと辺りを見回すが、ニルヴァらしき生き物は見つからない。隣にいた巻き毛のビートが、指を一本立てて、上空を見るように促した。
 クグレックは空を見上げる。木陰の藪の中に隠れてるので、上空は木の葉に遮られているが、その隙間からクグレックはニルヴァの姿を確認することが出来た。
 ニルヴァはまるで月のように煌々と輝く黄金の羽毛を持った鳥だった。大きさは雉ほどあるだろうか。尾には孔雀の羽根のような赤い模様が施され、木の葉に遮られた視界とて、その美しさが良く分かった。山賊が狙うのも仕方がないほどに神秘的で美しい。何かの本で死なない鳥である不死鳥はこのような神々しい鳥だということが描かれていた。時の権力者たちが永遠の命を欲し、権威の限りを尽くして不死鳥を求めた際の悲劇は聞くに及ばない話ではある。だが、ビート達によると、ニルヴァは不死鳥ではない。少し不思議な力を持った美しい鳥であるらしい。
 だが、ニルヴァがこんなに目立つ鳥であるならば、山賊はもうすでにニルヴァを見ているのではないのだろうか、とクグレックは不安になった。
 ニルヴァは洞窟の向こうの山の方へ消えて行った。
「ニルヴァはどこへ行くんですか?」
 クグレックは声を潜めて質問した。
「ここの洞窟の先を抜けるともっともっと見晴らしのいい高台に出る。そこは少し開けてた岩場になっているから、ニルヴァはそこで暮らしているんだ。」
 と、巻き毛のビートが答えてくれた。
「へぇ。」
「ニルヴァは羽根が薬の原料になるから、よく白魔女様が拾いにやって来るんだ。あとはニルヴァの糞は特別な栄養に満ちているから、ニルヴァの糞が落ちたところにはラヴィントンという白い花が咲く。これも薬の原料になるから、白魔女様が採取しに来るんだ。」
「ニルヴァって凄いんですね。ところで、白魔女様ってどんな方なんですか?」
 クグレックは気になっていたことを素直に質問した。
「白魔女様はリタルダンド共和国の治癒師の隠れ里に住む白魔術師だ。背が高くてスタイルの良い美人な方でね、1年に1回ポルカにやって来るんだ。彼女の手にかかればなんだって治る。不治の病も怪我も呪いも、全部治る。ポルカのラヴィントンやニルヴァの羽、牛乳とかを献上さえすれば、白魔女様は特製の万能薬を下さるから、ポルカの皆は大病知らず。性格はちょっと傲慢なところがあるけれど…。」
 クグレックは治癒師、白魔術師といったカテゴリーはうろ覚えではあるが、祖母の本棚にあった本を読んだ時に知った記憶があった。治癒師も白魔術師も生き物の傷を癒す力を持った人たちのことで、白魔術師は主として魔法の力で傷を治し、治癒師は魔法の力を使わずに、知恵と培った技術だけで傷や病気を治す人のことを指す。それ以上はクグレックは知らなかった。
 そして、ビートとエイトはさらに詳しくニルヴァのことを教えてくれた。また、この二人はニルヴァの声を聴くことが出来る特別な存在らしい。ニルヴァが山賊のことを伝えてくれたから、ビートが中心となって山賊討伐隊を組んだといういきさつがあったということをクグレックは知った。
「誰か来る!」
 エイトが声を潜めて言った。一行は藪の中に隠れるように低姿勢になって辺りを伺った。
 次第に聞こえてくる足音。
 そして声。
「ニルヴァはいつもこっちの方に飛んで行く。」
「だが、こっちは変な洞窟があるだけで行き止まりだ。昼間に別のルートを探してみたが、切り立った崖があり、どこも登ることが出来ない。」
「だが、この村の住民はニルヴァの居場所を知っているのだろう?あんな鈍愚な田舎者だ。そう険しい道のりではないはずだ。」
「そうだな。」
「ニルヴァの生き血を飲んだ者は、不老長寿を得ることが出来るという噂が存在する。依頼主からの報酬も高額だ。アイツらを出し抜けば報酬は俺達の物だ。今日はこの洞窟を探してみるのがいいのだろうか。」
 自身が持つ松明の炎に照らされて浮き出た二つの影。洞窟付近に何か道がないか探し回るようにウロウロしている。
「これはマズイ。」
 声を潜めながら巻き毛のビートが言った。
「あいつら、洞窟を進んでしまうかもしれない。ここで引き止めなければ。」
「しかし、襲撃班が動いてからまだ1時間も経っていない。もしあっちで襲撃の途中だったらこちらにとっては不利だ。その上我々が出て行ってしまうことで、この場所が大切な場所であることがあいつらに感付かれてしまう可能性がある。それならば、魔女さんに魔法で幻影を出してもらって、あいつらの足止めした方が良いんじゃないだろうか。」
 エイトが、ビートを諭すように言った。ビートは「確かに。」と言って、その進言に素直に従い、クグレックに幻影の魔法をかけるように指示を出した。
 クグレックは小さな声で呪文を唱え、杖を振った。
 魔法を使う際、感覚さえコントロールできれば、呪文も唱えなくても良いし、杖を振らなくても良い。だが、より威力を期待するならば、呪文を唱え、杖を振る。
 洞窟の周りには靄がかかり、入り口は周りの山肌と同じく露出した岩石に覆われた。
 このまま山賊が洞窟の入り口を見失ったと勘違いして、立ち去ってくれることを願うばかりだった。

「おい、洞窟はどこに行った。」
「ん、どこだ?確かこっちの方だと…。」
 洞窟の入り口を求めてふらふらと彷徨いだす二つの影。
「この感覚、なんか妙だ。自然的ではないが、決して人工的ではない。魔法の類か?」
「さすがリタルダンド。こんな糞田舎にも魔法が使える者がいるんだな。」
「まぁ、相手は希少種だ。ニルヴァ自身が魔法を使えてもおかしくはない。いずれにせよ、ニルヴァが近いことだけは間違いない。どこかに手がかりはあるはずだ。探すぞ。」
 二つの影は手分けして手掛かりとなるはずのものを探し始めた。
 クグレックは異常に緊張していた。山賊に見つかるかもしれない恐怖と魔法が途切れてしまうかもしれない不安がクグレックを襲ったのだ。ニルヴァを守るという責任はクグレックの幻影の魔法の成功の可否にかかっている。クグレックが失敗してしまえば、ニルヴァが山賊に殺される。常に祖母の後ろに隠れ、家に引きこもっていた世界を知らない小娘には、初めての大きなプレッシャーだった。クグレックはここまで深刻な『責任』を負ったことはなかった。
 今や祖母はいない。唯一の頼れる仲間のニタさえもいない。
 晩秋の夜、全く以て暑さは感じられないのに、クグレックは焦りから額から数粒の汗を流した。
作品名:はじまりの旅 作家名:藍澤 昴