はじまりの旅
第2章「ニタと幻の不死鳥」
傾斜の緩やかな長い山道を登った先には、広大な枯れ草色の平原が広がっていた。所々に羊や散歩中の白と黒の柄の乳牛がおり、のんびりと枯草を食んでいた。のどかな晩秋の陽気。
更に道を行けば煉瓦造りの民家の集落が見えた。
「やっと家が見えた。」
「いやぁ、疲れたねぇ。」
樫の木の杖と黒色のローブを着た黒髪のショートヘアの16歳の少女と、円らで可憐な瑠璃色の瞳に白い毛を蓄えた子熊のような生き物が、青空に映える枯れ草色の高原の景色を眺めながら会話をしていた。子熊のような生き物は大きなリュックサックを背負い、フード付きの灰色のローブを着ている。
少女の名前はクグレック・シュタイン。ドルセード王国北東にあるマルトという田舎生まれの魔女。
白い子熊のような生き物はペポ族のニタ。天真爛漫のお調子者で飄々とした性格である。マルトのすぐそばにあるメイトーの森で暮らしていたが、今はクグレックと合流しアルトフールという土地を目指して旅をしている。
が、そんなニタは今は少し機嫌が悪そうであった。
その理由は、ニタが来ている灰色のフード付きのローブにあった。
二人がメイトーの森を出る際に、森の主であるメイトーから餞別で旅に必要なものが一式揃ったリュックサックを受け取った。その荷物の中の1つであった灰色のローブ。ニタ用に作りましたと言わんがばかりのその小さなローブを見て、ニタは察したのだろう。メイトーの森を抜けてから初めての集落に入る手前で、ニタは灰色のローブを着て、フードを目深に被りだしたのだ。
最初はクグレックも理由が分からなかったが、次第に状況が掴めて来た。
地方の村や町ではあまり気になることはなかった。が、人が多く集まる街や都市では、ニタが人外だからという理由で宿屋や店屋などの施設の利用を拒否されることが多くなった。時には知らない輩に絡まれたりした時もあった。
鉄道を利用した時も駅員から「人間でないお客様を不快に思われる方もいらっしゃいますので、フードは着用したままでお願いいたします」と、言われた。
ニタは人間ではない『人外』であるから、差別を受けてしまうのだ。だから、ローブを着て、その存在を隠さなければいけなかった。
汽車の中でニタは「ニタは“人外”だから、こうやって身を隠さないと何をされるか分からない。きっと、ククにも迷惑かけちゃうから、ローブを着るのは当然さ。人間は、怖いんだよ。」と淡々と語っていた。
クグレックは初めて汽車に乗るという感動と差別による憤りと悲しみという相反する二つの感情に包まれながら、何とも言えない気持ちでいた。クグレックも魔女ということでマルトの村の人々に忌み嫌われてきたので、差別されることの辛さは良く分かっているつもりでいたのだが、なんだかとても悲しかった。
そして、ドルセード王国を抜けようとした時に、問題が発生した。二人は国境の関所を通るための手形を持ち合わせていなかったのだ。クグレックも自宅が全焼していたので身分を証明するものは何も持っていなかったし、ニタも人外であるということを理由に手形の発行が出来なかった。手形の発行は高額であったため、二人は正規ルートを断念し、山道からの峠越えを決行した。
野宿こそしたが、メイトーの森を出てから数日間は野宿だったので、勝手は慣れて来つつあった。
そして、ようやくたどり着いた集落が、リタルダンド共和国の北端に位置する高原の村ポルカだった。ポルカは酪農で生計を立てている村だ。高原にのんびり過ごす羊や乳牛たちは、この村の生命線だ。
二人は道を歩き続け、煉瓦造りの家屋が立ち並ぶ村の中心部の広場にやって来た。
ふくよかな中年の女性が広場にある井戸で水汲みを行っていたり、老婆がのんびりベンチに腰を掛けて日向ぼっこをしている。
ベンチは反対側にももう一つあったので、二人はベンチに座って腰を落ち着かせた。
「なんだか、のびのびとしたところだね。」
空を仰ぎながらクグレックが言った。晩秋の高い青空にはお日様が上り、ぽかぽか暖かい。ニタは足をぶらぶらさせながら、「そうだね。ドルセードよりは南にあるからかなぁ。」と答えた。ニタは小さいので足が地面に届かない。
そうやってのんびりしていると、井戸で水汲みをやっていた中年女性が二人の元に近づいて来て、話しかけてきた。
「アンタたち、見慣れないわね。どこから来たの?」
「マルトからだよ。」
ニタが答えた。
「マルト?聞いたことがないわねぇ。」
「田舎だからね!」
というニタに女性は「あらやだ、あっはっは。」と豪快に笑う。
「まぁ、このポルカ村も同じくらい田舎で、なかなか人が来ない村だけどね。あ、もしかして、アンタたち、峠越えでもしてきたの?」
ニタは女性を見つめたまま押し黙った。もし無断で国境越えをしてしまったことがばれたら、どうなるか分からない。
だが、女性は明るくけらけらと笑う。
「大丈夫よ。この村割と寛容だから。それにこんな女の子とちっちゃい子熊ちゃんが悪いことするように見えないわ。ええ、いわゆる人間じゃない人にも寛容だわよ。子熊ちゃんもこの村にいる間はそのフード、外しちゃっても大丈夫よ。」
ニタはクグレックの方を見つめてから、ゆっくりとフードを脱ぎ始める。おばちゃんはにっこりと微笑んで、向かいに座っている老婆は「あんれまぁ、白熊の子供だ。可愛いこと。」と大きく独り言ちた。
クグレックもニタを見て、励ますようににっこりと微笑んだ。少し戸惑い気味だったニタも、密かに表情を緩ませて、フードを完全に脱いだ。
「ポルカは田舎だから寛容だし、そもそもこのリタルダント共和国は穏健派が政権を握ったから、色々と寛容なの。特に誉高き白魔術師の隠れ里があるくらいだからね。魔法使いにも寛容よ。」
「なかなか良い国だね。」
「ふふふ。でもねぇ、生まれ変わったばかりの国だから、悪い輩がまだ若干蔓延っているのよね。そういう輩に限って、人外を捕まえて売り飛ばそうとするんだから、最低よね。」
「うん。最低だ。」
ニタが拳を握りしめながら同調した。その時、女性の目がきらりと輝いた。
「ところで、お二人は泊まるところあるのかい?」
という女性の問いに
「ない。」
と、きっぱりとニタが答える。女性はやっぱりねと言うように満面の笑みを浮かべた。
「なら良かったわ。うちはポルカ唯一の宿屋と食堂をやってるから、今晩はうちに泊まりなさいな。ご飯はサービスしてあげるから。」
「え、良いの?」
青い目を輝かせながらニタが尋ねる。女性は満面の笑みで頷く。「部屋代は頂くけどね。」と付け加えながら。
「うちの店はそこの通りを進んで左手側にあるんだけど、案内するからついて来て頂戴。」
中年女性に案内をしてもらいながら、二人はポルカ村唯一の宿屋へと向かった。