はじまりの旅
「ってことは、リリィという希少種がハワイ島に呼ばれて、ハワイ島をおもてなしと休暇の地にするために色々やってるということ?」
「そうですね。」
フィンはにこりと微笑む。少しの間があり、フィンは部屋の説明を続ける。
「…では、続きいきますね。お食事もこちらのメニュー表にあるものをこの電話からお伝え頂ければ、すぐにお持ちします。また、他に何かご用命がありましたら、おなじくこちらの電話からお伝え頂ければお力添えいたしますね。」
フィンは壁に取り付けられた受話器を指差す。この電話は寝室のサイドテーブルにもあるらしい。
「あとは、皆さんは4泊5日の滞在ということで、お食事の方は朝と昼と夜も当ホテルでも用意しておりますが、ご用命によっては浜辺でバーベキューの準備も致しますので、どうぞお声がけください。では、困ったことがありましたらいつでもこちらの電話でお呼びください。」
そう言ってフィンは部屋を出て行った。
ディレィッシュは籐で出来たゆるりとした傾斜の背もたれのリラックスソファに深く座り込んだ。そして、
「さて、ムーよ、これからどうするんだ?」
と。ムーに尋ねた。
「そうですね。今日は船旅の疲れもありますので、皆さんは銘々くつろいでいただければなと。ハワイ島を散策するもよし、浜辺で泳ぐのもよし。その間僕はちょっと気になることがあるので、フィンに確認してみます。友人に会うのは早ければ明日。遅くても明後日には友人に会いに行けるように準備したいなと思います。」
「なんだかずっとムーにまかせっきりになってしまって申し訳ないな。」
「いえ。全然大丈夫なので、気にしないでください。でも友人に会うのも実を言うと、皆さんの力が必要なんです。」
「どういうこと?」
ニタが尋ねた。
「実を言うと、僕の友人はルルというんですが、ルルがこのハワイ島に来る前に何かがあったみたいなんです。のっぴきならない事情があってこのハワイ島にやって来たみたいなんですが、ハワイ島にルルが来てからというもの、連絡が途絶えちゃって。僕たちは思念で会話が出来るんですけど、どういうわけかそれも出来ない。ルルは何かに追われていたらしいんです。」
と、ムーが言った。
「なるほど。なにやら危険な香りだな。」
と、ディレィッシュが言った。
「まさか密猟者とか…?」
ハッシュが呟くとニタとムーは小さく竦み上がった。希少種は何かと生きづらいのだ。
「…それは考えたくはありませんが…。いえ、あの時のルルの思念はそう言う感じじゃなかったので、多分違う筈です。」
と、断言するムーだが、目は泳ぎ、その口調も必死に自分に言い聞かせるものだった。
「と、とりあえず、今日はゆっくりしてください。僕はルルの情報収集に行って来ますから。」
そう言ってムーは部屋を出ていこうとしたが、ニタがムーの尻尾をきゅっとつかんだ。
「な、何するんですか。」
ムーは離してくれと訴えるかのようにぷりぷりと尻尾を動かすが、ニタは離そうとしないのでぶんぶんと腕が振り回された。
「いやいや、ムー君。別に君一人で頑張らないでいいんじゃないかな。そんなに長い付き合いじゃないけど、少なくともニタはムーのこと友達位には思ってるから、頼ってくれてもいいんだよ。」
ムーの動きが止まり、ムーは恐る恐るニタ達を見上げる。
「いいんですか?」
「いいもなにも。それよりも、ムーは気を遣いすぎだよ。言葉遣いだってもっとフランクな感じでいいんだよ。」
ニタの言葉に呼応して、ディレィッシュもにこりと微笑む。
「確かに。ムーもアルトフールまで一緒に旅をする仲間なんだから、他人行儀でいる必要はないだろう。」
ムーは嬉しそうに頷くと、
「ありがとう!」
と、言った。
そして、ムーの友人ルルの行方はあっという間に手に入るのである。
「じゃ、電話してみようか。」
と、ニタが言った。
「え?」
ムーとハッシュとクグレックははぽかんとした。ディレィッシュは「なるほど、その手があったか」というようにニタを見つめた。
「だって、困ったことがあったらフィンが電話して聞けって言ってたじゃん。」
そう言ってニタは壁掛けの受話器を取り会話を始めた。
「わ、フィン?あのね、えっと、ニタ達ルルって子を探してるんだけど、知ってる?――えっと、人間じゃなくて、確か、うーんと、カーバンクル?って種族で、どっかから逃げ込んで来たらしいんだけど、――え?いない?あぁ、そうなんだ。うーん、多分リゾートを楽しみに来たわけじゃないと思うよ。――そっか。でも、このハワイ島にいるらしいんだよ。どっかいそうなところとかわかんない?――ふむふむ、えーそうなの?じゃぁ、うん、聞いてみてよ。うん、うん。ありがとう。待ってるよ。じゃぁね。」
がちゃりと受話器を置くニタ。電話での会話はほんの数分のことだったが、ニタの電話での応答を聞くに収穫はゼロではなさそうである。
ニタはぽてぽてと歩いて籐のスツールに腰掛け、電話で得た情報を共有する。
「フィンがルルがいるところに心当たりがあるっぽくて、場所とか教えてくれるらしいよ。」
ムーの目が歓喜にきらりと輝く。
「ニタ、すごいです、いや、すごいね!この前の宿屋のお姉さんからもけろりと情報を聞き出すし、流石だよ!」
と、ムーに褒められればニタは鼻高々になって、もっと褒めてくれと言わんばかりににんまりと目を細める。
それから30分程でフィンがやって来た。
フィンはテーブルにハワイ島の地図を開いて、ルルがいそうな場所について話を始めた。
「残念ながら、ニタさんがおっしゃる「ルル」さんがどこにいるのかは把握できていなんですけど、もしかすると、このあたりにいるかもしれません。」
そういって、フィンは地図上の卵型をしたハワイ島の北西端を指差した。地図には観光名所がイラスト付きで書かれており、今いるホテルや港、ビーチは島の南東に密集している。島の南側に多くの建物やら景色のイラストが多くあり、どうやら島の南側には観光名所が多くあるようだ。北側は標高1000メートルににも満たない山、高原が広がっており、イラストも所々にしかない。だが、それは北東部に限っての話だ。島の北西部はただ山が広がっているだけで、イラストは何もない。何もない鬱蒼とした緑を隠す様にハワイ島という文字と縮尺、方位が描かれている。
フィンが話を続ける。
「このあたりはリリィが過ごす神域なので、観光客は立ち入ることが出来ないようになっています。」
「え、てことは行けないの?」
「リリィが許せば大丈夫です。一応山門があるんですけど、リリィが許さなければその門は開きません。」
「あ、そんなもんなの。」
「リリィは神ではありませんから。神域はリリィの家とでも思っていただければ。さすがのリリィも知らない人を家にあげることはしませんよ。それに、ハワイ島は神域に行かずとも観光客を満足させる要因が揃っていますから、ただの山である神域に行くよりも、この地図に書いてある箇所に行った方が有意義ですよ。ハワイ島の北西部は天候も悪くなりやすいですし。時々魔物も出るそうです。」