はじまりの旅
先ほどの嵐と魔物を伴った黒い雲は『黒雲』と呼ばれる魔物スポットの一種らしい。黒雲は遥か西にある『滅亡と再生の大陸』で発生する雲らしく、『支配と文明の大陸』から離れた海上にごくまれに出現する。船を嵐と魔物で襲撃してくるが、黒雲が嫌いな音があるらしく、黒雲がやってきた時は装置を使って黒雲の苦手とする音を発する。かつては黒雲により難破してしまう船が多かったのだが、この装置を使えば黒雲を追い払うことが出来る。とはいえ、魔物は容赦なく船を破壊しようとして来るので、魔物を相手しながら装置を起動させなければならないので、大変なのである。
「でも、黒雲は年に1回くらいしか発生しないはずなのに、先月からちょいちょい出て来るんだって。一昨日も出たらしくて、何かやな感じらしいよ。」
そうなんだ、とクグレックは呟く。
トリコ王国といい御山といいどこかしらで『魔』が異常を来している。クグレックは魔を活性化させる体質らしい。クグレックが行く先々で発生している異常はもしかすると彼女自身がもたらしているものなのではないだろうか、ということがクグレックの頭を過ぎった。クグレックは血の気が引いて行くのを感じた。
「クク、どうしたの?」
ニタがクグレックの顔を覗き込む。そして、クグレックの表情を見てぞっとした。
「クク、顔真っ青だよ?やっぱり船酔いじゃないの?大丈夫?」
「…ねぇ、ニタ、私、本当はいてはいけない存在なんじゃないの?」
ニタから表情が消え、至極冷静にククに問い返す。
「どうしてそんなことを思うの?」
「だって私がいると魔の力を増幅させてしまう。ディレィッシュやムーの魔が暴走したのも私のせいだし、白魔女がおばあちゃんが死んだのも私のせいだって言ってたのも思いだした。ニタ、私…」
「クク!」
ニタはクグレックの言葉を遮るように大きな声を出した。
「ククは何も悪くないんだよ。…でも、…ククの存在が魔を増幅させてしまうのは事実かもしれない。だけどね、アルトフールに行けば、ククがそんなことで悩まなくても良くなるんだ。何があるのかはニタも分からないけど、エレンにお願いされたんだ。そうすれば、ククはきっと普通の女の子が経験する色んな事を味わうことが出来るからって。」
「普通の女の子になるために、私は沢山の人達に迷惑をかけるの?なら私は、マルトで何も知らずに生きていた方が良かった。」
「違うんだ。クク。ククがマルトに残ったとて、魔の力が村人をおかしくさせて、もっとククはいじめられてた。ククはもっと嫌な思いをして、そして悪魔たちの恰好の餌になる。ククは世界を滅ぼすための兵器となってしまうんだ。ニタがいれば、ククを守れる。だから、安心して。」
クグレックはニタを見た。ニタのサファイア色の瞳は不安げなクグレックを映し出しているが、ニタ自身はそんなクグレックを優しく見つめている。
(…この世界のためにも、私はアルトフールにいかないといけないんだ。これ以上迷惑なんてかけてられないもの…)
クグレックは次第に落ち着きを取り戻すと、不安も消えていった。不安は全て消えたわけではないが、ニタの言うことは尤もである。アルトフールに行くことで被害が最小限に収まるのならば、今の苦しみは我慢すれば良いだけだ。
「クク、外に出よう!やっぱり晴れた日の海は最高だよ!」
「うん。そうだね。」
クグレックはニタと共に再び甲板に出た。先ほどの荒天模様は嘘のように、空は気持ちよく晴れ渡っていた。
波風は再び優しく二人の頬を撫でる。