ササウチさんと後輩シライシくん
「……こんなのはダメだよ、やっぱ」
少しは堪能でも出来たのかシライシくんの唇が離れると、私は深いため息と共にそう吐き捨てた。
「ダメですか、やっぱり」
「うん」
シライシくんは少しばかり悲しそうな顔をした。なんでそんな顔するのよ……。
「……バカバカしくってしょうがないわよ。セックスする気なんてないのに、こんな状況になってもまだあなたの側にいたいって思うんだから」
「ササウチさん……」
「ほどいてくれない? どこにも逃げないから」
「……はい」
こくりと素直に頷くと、シライシくんは私の手を縛ったネクタイをほどいた。
「はー、ちょっと痛かったわよ」
「すみません」
少しだけ跡の付いた手首を撫でながら、私はシライシくんをじっと見つめた。俯いて落ち込んでいるかのように見えるその繊細な顔立ちに、皮膚の裏側がざわめく。
「よっ……と」
自由になった両手でシライシくんを抱きしめる。
「っ……ササウチさん?」
「なんなんだろ。ずるいね、私。フラれたショックで姑息になってんのかなぁ」
シライシくんの細い体を抱きしめても、正直欲情の類は全くしない。けど、安心感だけは確実にある。寂しいのかなぁ、私。
「俺、絶対振り向かせてみせますから」
「うーん……。そこまでの価値なんて私にはなくない?」
「あるんですよ。少なくとも、僕の世界では」
そう言ったシライシくんが腕の中でわずかに震えている事に気付いて、私は少しだけ微笑んだ。
ササウチさん後輩シライシくん ――了――
作品名:ササウチさんと後輩シライシくん 作家名:有馬音文