ササウチさんと後輩シライシくん
「シッ、シライシ先生? これは一体」
「とぼけたってダメですよ」
おどけて誤魔化そうとしたけど、無駄だった。あっという間にシライシくんは自分のネクタイをほどいて、私の両手に巻きつけている。
「は、はは……」
自由を奪われた両手を目にして、乾いた笑いだけが口から洩れる。
「無防備なんですよ、ササウチさんは。なんでいつも簡単に俺と二人きりになるんです? 勘違いして当然じゃないですか、ササウチさんは俺に気があるって」
「なに言ってんのよ……。ここ会社よ? しかも会議室。誰がこんなトコで年下の男の子なんかに襲われると思うのよ」
「自分の物差しだけで計っちゃいけませんって、小学校の道徳の時間に習いませんでした?」
「あったわねぇ、そういえばそんなの」
「でしょう?」
「いやいやいや、待ってって」
「待ちませんよ、ずっと待ってたんですから」
「何を?」
「あなたが彼氏と別れるのを」
…………確かに。
私は彼氏と別れた。それもつい3日前。
彼から他に好きな女が出来たと別れ話を聞かされた時、私は「そう。分かった。幸せに。今までありがとう」と何のテンプレよって位に静かに呟いた。
そんでまぁその後、なんとなく残業して。他に誰もいなかったから、同じく残業してたシライシに話を聞いてもらった。
「3日前にだって押し倒せれたんですよ? でもしなかった。出来なかった。あなたが余りにも悲壮だったから」
「…………」
「3年あなたを思って、3日間衝動をこらえました。俺って紳士でしょう?」
「……バカ」
「俺は絶対に他の女を好きになったなんて理由で、あなたの元を離れません」
「この状況でそういうこと言う?」
「先輩は素直だなぁ。でもそこが可愛いんですよねぇ」
そう言うとシライシの顔が私の唇に向って再び静かに下りてきた。今度はそこまで拒絶する気にもなれなかった。
「っ」
が、触れた唇の質は元カレの物とは違った。煙草の味がしない柔らかなシライシくんの唇。こんな風になってもまだ元カレの事が瞼の裏でチラつく自分を内心嘲った。
そんな私の自嘲を知ってか知らずか、気にもしない風でシライシの舌は私の歯をなぞり、そこから口腔内へと侵入してくる。口の中で必死にシライシくんの舌から逃げようと試みたものの、あえなく捕まり私の舌は小さく吸われた。
作品名:ササウチさんと後輩シライシくん 作家名:有馬音文