すれ違いの糸
再び目を向けると、かすみは下を向いていた。そのまましばらく無言でてくてくと歩いた。
「私はね、啓介君のこと、好きだったんだと思うよ」
啓介は何も言えない。
「今の啓介君の様子見てると、啓介君も私のこと好いてくれてたのかなって。でも付き合ってなかったってことは、もうすぐ付き合うはずだったのかなぁ。おしい二人だったんだね」
ここまでは明るい声だった。
「ごめんね。こんなことになっちゃったら付き合えないよね。二人のたくさんの大事な思い出、なくなっちゃったもん。啓介君にはあるんだろうけど……アンバランスにも程があるよね。なんで忘れちゃったんだろう、こんな大事なこと」
涙声が突然降ってきた。かすみの瞳はゆっくりと潤んでいく。それが、啓介の心をごっそりとえぐる。
失って初めて大切なものに気づく。この言葉はきっと正しくない。失ってしまったら、もうどれだけ大切だったかわからなくなる。気づくといいながら、多分もう正確には気づけない。ゼロ、一の話なんかではない。大事なことだったはずなのに、想像するしかないなんて酷い話だ。できることなら、もっと前に、他の大切なものを失っていればよかった。そうすれば、こんなことにならずに済んだかもしれない。
「ごめん、今はかすみとは付き合えないんだ」
啓介は曖昧に言う。付き合う資格がないとは言わない。自分が何をしたかも言えない。嫌われたくないからだ。啓介は自覚していた。
いつの間にか、かすみが啓介の表情をのぞき込んでいた。啓介は自分がひどい顔をしていることに気づき、急いで表情を取り繕った。
「記憶がなくてもね、私はいつでも啓介君の味方だよ」
「なんで、そんなこと言うんだ?」
「なんとなく? 心がそう言えって言ってたから」
濡れた瞳と、いつもの笑顔。初めて見る取り合わせだった。
啓介はそれを綺麗だと感じてしまった。
「何だよ、それ」
啓介は胸の辺りからこみ上げてくる、ぐちゃぐちゃとした感情達をぐっと堪える。
いつか話せるときが来たら、本当に許してもらえるなら、またやり直せるだろうか。
やり直すと言っても、一体何を、どこからだろう。
啓介はトリップしてゆっくりと考えてみた。その間、かすみは一人きょとんとしていた。