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D.o.A. ep.58~

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「―――おやめ、サフィ!」
「…っ」

先程とは違った声の強い制止に、仮面の少女の動作がびくりと止まる。
滑らせようとした刃は彼の首に当てられたまま、しかし積極的な殺意は消えていた。
代わりにこめられているのは、動けば殺す、という脅迫だったが。
全ては二、三秒の出来事であり、すぐに視界を取り戻したライルとレリシャは、目の前の形勢の変化に面食らう。

「この者たちには尋ねたいことがあるのです。命を奪ってしまっては元も子もありませんわ」

かつり、と暗闇から現れた声の主を認める。
―――凛と咲く青い華。
喩えよと言われたら、誰もが彼女をそう表すだろう。
若々しさを際立たせる、蒼く大きな瞳と、つややかな髪。可憐な面立ちは、けれど今は厳しく、侵入者たちを見据えている。
誇りと自信に満ち満ちた堂々たる姿を、彼らはかつて、太陽のもとで目にしたことがあった。

「わたくしはアルルーナ王女、シューレット。…そなたたち、我が兵の軽鎧をつけていますけれど、我が兵ではありませんでしょう」

「お前たち、うやうやしくも姫様がお出ましになって、御自ら名乗られておいでなのですよ。跪いて頭を垂れるのが礼儀というものでしょう!」
彼女を隠すように、少女とは異なる仮面をつけた女が進み出て、居丈高に言い放つ。
こちらは白い外套は身に着けておらず、この国でよく見かけるようなゆったりとした、仕立てのいい衣服をまとっている。
言葉の端々からうかがえる距離感から、仮面の少女と女は、常にシューレットに寄り添うほどの付き人であろうとグラーティスは推測する。
「ん…いやあ…そうしてぇのはヤマヤマだが、こーんな熱烈に抱きしめられてちゃあな…」
「おいお前!ハイズさんから離れろっ」
ライルの抗議を眼下に、グラーティスへしがみつき首筋に凶器を突きつけたまま、仮面の少女はプイ、と顔をそむける。
仮面があるのに、非常に憎たらしい顔をしたような気がして、ライルは苛立ちに唸った。

「酷い物言いは謝罪します。けれど、わたしたちに礼儀を求めるよりも先に、気付くべきことがあるはずよ」
「なんなのです、お前は…!姫様にむかって、どれだけ無礼な口をきけば気が済むのです!」
「無礼は承知よ。罰なら後でいくらでも受けるわ。それでも、今ここで、どうしても知って頂かなくてはならないことがあるのです」
ヒステリックになりつつあった仮面の女が怯むほどの気迫でレリシャは言い募り、檻の中でうめく人々の群れを指し示した。

「ナファディ卿のしたことよ。この人たちは尊厳を踏み躙られ幸福も未来も奪われた。あなたたちはこの人々を前にして、何も感じないの?」
「………」

それは、尋常の囚人たちの檻ではない。虚無に支配された、もはや人と呼べぬ肉塊。うつつに戻れぬ幽鬼たちの集積所だった。
シューレットは無言であったが、仮面の女はさすがに衝撃を受けたようだった。
一度気付いてしまえば、その惨状も臭気も、決して無視できるものではない。ましてや、おのれの臣下である男の邸宅の地下に、こんな光景が広がっているとあっては。
「ナファディ卿が…?…どうして」
「この薄い霧さ。ずっと吸ってると、こいつらと同じになる。魔香だ」
さもおぞましいというように肩を抱き震える仮面の女に、グラーティスが応じてやると、彼女は甲高い悲鳴を上げた。

「ひっ……!ま、…魔香ですって?貴方、魔香と言いました!?よ、よりにもよってこんな場所に姫様を…!!」
「あんた、ここであんまり興奮すると、頭が痺れてくるぞ。俺もさっきから、ちょっと気分わるい」
「おうおう。おめぇさん、大事な大事な未来の女王陛下にもしものことがあったら、取り返しがつかんぜ。ほ〜らほら…いまにもシビレが」
「きゃーっ!姫様っ、一刻も早くこの場から離れませんと!お体に毒どころじゃありませんよッ」
簡単に煽られるなど、第一印象の氷の女とは縁遠い慌てぶりではあったが、冷静さを失うのも無理はないだろう。魔香被害者の末路が目の前にいるのだ。
彼の口から語られるまで、ライルは魔香など聞いたこともなかったが、この国では割と悪名高いものらしい。

「そうね……いったん上へ参りましょう。そなたたち、異存はございませんわね」
シューレットは臣下の取り乱した様子に肩を竦めてみせた。

作品名:D.o.A. ep.58~ 作家名:har