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D.o.A. ep.58~

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Ep.65 闇の中の光




夜のスタインの街を一人行くグラーティスの足取りは、心なしか重いものだった。
見通しが甘かったという他ないが、まさか目的の物の相場があれほど跳ね上がっていたとは、予想外だ。
必要なのだから諦めるわけにもいかず、交渉に交渉を重ねた結果。
「はあぁー……ご覧くださいこの軽さ!驚きの軽量化に成功!…なんつって…ハハ」
金袋を目の前にぶら下げ、振り子のように揺れる頼りない重みに独り言ち、いっそ笑いがこみ上げる。
やっとの思いで得た「ブツ」の対価は、いくら頑張っても所持金の大半だった。
これでは自棄酒どころか、次の宿を取るだけの金もなく、太い眉尻が悲嘆に下がった。
もとより、グラーティスは倹約家ではない。派手好きで、あったらあった分はたくことを好み、金は使わなければ無価値と信じている男だ。
その性分を―――今日ほど反省したことは、ない。
独り身ならば、まだよい。楽しいのも困るのも、すべて自分ひとりだけの問題だからだ。
しかし、今はちがう。
旅の連れがおり、彼は文無しであり、しかもそれに関して、グラーティスに咎がある。
彼はそれを恐らく知るまいが、とにかく、世の中金が全てだと言い包めた以上、金に困っているという事がバレると自身の沽券に関わる――――

「ばかもの!あの方がそんなものに耳を貸すか!とにかく人質の安否を確認しつつ、突入の機会を見計らうのだ」
「…んん?」

財布の中身と共に、魂も抜けたかのようであった半眼が、前方の異状を目にしてまたたく。
何かに群がるように集う人々の喧騒、飛び交う怒号と焦燥に満ちた様子の警邏の兵たち。
それは夜の街にしても、喧々囂々たる光景だった。
人が多すぎて、肝心の騒ぎの中心はまったく見えそうにない。
しかし、気のせいでなければ、人質だの突入だのと、穏やかでない響きの言葉があったような。

「よォ、ちょいと訊きてェんだが」
野次馬らしき、やや貧相な初老の男の肩をつかまえ、人の渦を顎で示して怪訝に目をすがめた。
「あっちで何があったの?」
「ははあ、ニイサン知らないの。何がも何も、驚天動地の大事件だとも。明日の新聞の一面飾ること、まず間違いナシ!
よもや、このような事が起きようとは!否!むしろ、これは起るべくして起こった―――」
「うん、そーゆー前口上はいいんでね、具体的に簡潔に…」
誰かに尋ねられるのを待ち侘びていたかのような、立て板に水の如き弁舌だ。
芝居がかった動作で、前置きを延々と垂れ流す男に、人選を誤ったと顔を引き攣らせた、その時だった。

「!」
突如、人の波をすり抜けて飛び出してきた女が、あっという間にグラーティスの眼前を横切って行ったのである。
目にしたのは瞬きほどの間だったが、あの容貌は一度見たら、そうそう忘れられるものではない。
細身でありつつも豊かでしなやかな肢体、流れる金糸。その上、なにしろ踊り子の衣装に身を包んでいるのだから、まず間違いない。
女は、昨夜、酒場のステージで見事な舞を披露してくれた美人であっただろう。
彼女の名を記憶から拾いあげようとしていると、またもや目の前を見知った姿が通り過ぎていった。
それはまさに、先程までグラーティスが思い描いていた少年そのものだ。
「お、おい」
呼び声は届かず、ざわめきに掻き消え、少年の姿も人混みに紛れていった。
「…なんだってんだあ?」
呆気にとられるグラーティスの無関心を他所に語り続けていた男が、眉を顰めてため息とともに吐き出す。

「いつかこうなると思っていたよ。…これが国家崩壊の序曲にならなきゃいいけどねえ」

もはや男とまともな会話を諦めていたグラーティスは、無論そんなぼやきは耳を素通りさせていた。



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作品名:D.o.A. ep.58~ 作家名:har