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D.o.A. ep.58~

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気が急くあまり、味もほとんどわからないような朝食のあと。
てっきり付き合ってくれると思っていたグラーティスは、野暮用などと言って、有無を言わせず別行動の運びとなってしまった。
そんなこと言ってどうせ遊び歩くに違いないと決めつけつつ、ライルは一人街へとくり出した。
日中は、暑さに耐え足が棒になるまで、市場の販売人や道行く人に聞き込みを行った。
手当たり次第では徒労に終わると気付き、途中からは対象に条件を付け出した。
「緑髪が異端である」というアルルーナの価値観をよく知る人間ならば、多少リノンに注目する理由もあろう。
故に成果の薄そうな、明らかに来たばかりと思しき旅人だとわかる者は避けた。
かといって、完全にこの国の民だと、面倒事に関わりたくないという忌避から、正直な回答を拒むかもしれない。
この国の習俗に染まっておらず、かつそこそこ長い間滞在している者が望ましい。
が、返ってきたのは、どれも芳しい返事でなく、良くて「見たような見てないような」という曖昧なものばかりだ。
彼の焦燥を嘲弄するように、空は茜色、次第に濃紺へと染まり始めていた。

長いため息をつき、ふと意識的に避けてきた方角を見遣る。
―――裏通りの住人は、どうだろうか。
しかし、拭いがたい恐怖を植えつけられたあの場所へ再び向かうのは気が進まず、二の足を踏んでいた。

(ああいうところは……夜のほうが人多いだろうけど)

やはり、客引きがたくさんいそうな時間帯、誘いをうまくかわして情報収集するには、ライルは経験不足。
まんまと手玉に取られてほいほいと客にさせられ、土壇場で逃走するオチが見えるようだ。
あんな情けない醜態を演じるのは懲り懲りだし、それを誰かに見られては末代までの恥というものである。
しかし、背に腹は代えられぬ。リノンのためだ。
そう奮起し、まるで魔王の牙城にでも乗り込むような心境で、一歩踏み出した。

「な…もしかしてキミ、ライルくんちゃう?」
「………」

聞き覚えのある、何者かの脳天気な呼び声が、背後からかかる。
何者か、というより、もう独特のイントネーションで、誰なのかすぐにわかってしまった。
まだ何もしていないのだが、しようとしていた気がする、という後ろめたさゆえに、顔を合わせづらい。
ぎこちなく眼差しだけ向けると、バンダナ男の屈託ない笑い顔が、そこにあった。

「…ジャック…と、海賊団の」
「―――ああ!やっぱりそやった!ね!俺が言うたとおりでしょ!ね!」
「別に誰もちゃうなんて言うてへんやろ」
はしゃぎながら胸を張る青年は、ネイラ海賊団のジャック=ルドだ。
そんな彼を呆れたように眺め、見覚えのある海賊団の面々はライルに親しげに挨拶してくる。

「や、元気?…って、船降りたん、つい昨日やったな、ハハハ」
「はあ。まあ、ぼちぼち」
ライルは曖昧に口角を上げて、曖昧な返答をする。
きつめの双眸で彼をしげしげと観察していたエルマンは、ところで、と口を開く。
「こんなトコで、一人でなにブラブラしてんの?お友達は?」
「い、いつも一緒にいるわけじゃないんで」
「ふうん、そ」
ティルバルトから一方的な別れを書き残された朝のことがよみがえり、つい不貞腐れたように顔を背けてしまう。
妙な態度をとってしまったかと内心焦ったが、追求はなされなかった。
それから、ライルとネイラ海賊団団員たちは歩みを進めつつ、世間話に花を咲かせた。
いつもなんとなく一緒に町へ行くことになるメンバーを、ナジカ青年がまとめ役として率いるのが常らしい。
彼らがここへ寄港するのは三度目になるという。
彼らの所感も、グラーティスとさほど変わり映えはしない。暑い、飯と酒が旨い、いい女が多い、そんなものだ。
冒険の舞台は海であって、陸は一時の休息の地でしかないわけだから、さほど詳しくなくても無理はない。

「―――でな、オレら、そこに今から飲みにいくんや。噂なんやけど、絶世の美女が踊ってくれるらしいねん!
ま、美貌については話半分としてもやな、ええ感じの店でな。キミも一緒にどや?」

ライルはどきりとして息を呑む。
いつの間にか話題は、彼らの行き先についてのものへと移っていた。
大の男たちが飲みに行く、と言うならそれはもう酒場しかなく、美女といったら恐らくレリシャを指しているのだろう。
彼女には別れ際に、また見に来てほしい、と誘われている。
無論ライルとて、あの舞い姿をもう一度見たい気持ちは少なからずあった。
しかし、昨晩の乱闘の主因である彼は、この面々に追随し、件の店に何事もなかったように入れるほど厚顔ではないのである。
そしてなにより、彼の懐具合が深刻だった。

「いや、…悪いけど遠慮します。俺、今お金全然持ってないから」
「? おっかしいな。船長、ジャックが世話になったって、キミにいくらか謝礼渡したらしいんやけど」
「…!?な、なにそれ、そんなの知らない」
驚愕の事実に、声を上げて詰め寄る。
胸倉を掴みかねない勢いで接近され、ナジカは動揺しつつ周囲に同意を求める。
「ああ。でもキミ怪我して動けんかったから、赤毛の傭兵さんに預けてるん見たけど」
「ぼくも見たわ」
――――よもやあの男、こちらがなにも知らぬのをいいことに、謝礼金をネコババしたとでも言うのか。
「あ…ッ、あん、にゃろ…!!」
なにが、「文無しだよネ」だ。
おおかた渡しておいてやる、などと嘯いて着服したに違いない。帰ったらどうとっちめてくれよう。
だがこれでひとつ疑問が氷解した。
アントニオ船長から謝礼を直接受け取ったから、ティルバルトは一文無しではなかったのだ。
怒りに震えるライルを、触らぬ神にとばかりに遠巻きに見ていたナジカらだったが、そんな中ジャックが進み出て、彼の背中をぽんと叩いた。

「まあまあ。ライルくん、そんなつれんこと言わんと。せっかく会えたんやから!
―――もう一緒に呑む機会ないかもしれんやろ。俺が奢ったるから!…な?」

その言葉に、幾許か寂しさが紛れていたので、沸々とわく熱が殺がれてしまった。
ネイラ海賊団はこの町に一週間滞在する予定だといっていた。
けれど、予定が早まるかもしれないし、こちらも場合によっては早々にこの町を発たざるを得なくなるかもしれない。
今夜が、文字通り今生の別れになる可能性も、ないとはいえないのだ。

「その…実は昨日の晩、……その店で乱闘騒ぎ起こした」
「え?キミが?」
「…たぶん、酔っ払ってたせい…もある、と思うけど…腹立つヤツがいて、つい。 だから入りづらい」
しどろもどろになって弁解すると、彼らは、「何だそんなこと気にしてるのか」とでも言いたげに肩をすくめた。
「酒場で乱闘て珍しないやろ、だいじょぶだいじょぶ、ボクらもやってもーたことあるから」
「ほな、ついでに謝りにいこ。それでキミのモヤモヤもすっきり解決、な!」

ジャックはライルの体をぐいと引き寄せ、「しゅっぱーつ!」とこぶしを高らかに掲げる。
彼らの足どりは既に飲酒しているかのごとく意気揚々としており、その店がよほどお気に入りなのだろうと読み取れた。
リノンを探さなければならないのに。
そう拒もうかとも思ったが、よく考えれば酒場で聞きこんだのは昨夜一度きりだ。
作品名:D.o.A. ep.58~ 作家名:har