ゼルジーとリシアン
１．夏休みの始まり
７月のソームウッド・タウンは、朝早いというのに、じりじりと太陽が照りつけ、暑い１日となりそうだった。
ストンプ家のロファニーとベリオスは、つい30分ほど前に、中学校のサマー・キャンプに行くため、お父さんの車で駅まで送られていったところだった。
末の娘が見あたらないところをみると、２人の兄が行ってしまうのを寂しがって、１人で森へと出かけているのに違いない。
手入れの行き届いた庭には、いかにも夏らしく、立ち並んだヒマワリが揺れている。去年の秋、ベリオスがどこからかもらってきた種を、みんなして植えたヒマワリだった。
あちらこちらに配置された、形も大きさもさまざまなプランターには、お母さんの丹精込めたマツバボタンやヤグルマソウ、ダリア、エリカなど、彩りもにぎやかに咲き誇っている。
10歩で一巡りしてしまう池には、ロファニーが近くの小川で捕ってきたフナやクチボソなどが泳いでおり、かわいらしい睡蓮の葉っぱがぷっかりと浮かぶその上には、アマガエルが眠たそうなまなこで、ちょこんと座っていた。
庭をめぐらす垣根代わりの灌木の向こうには、森がどこまでも続いていた。車がやっと行き来できるほどの細い道が、うねうねと登ったり下ったりを繰り返しながら、緩やかな山へ向かって延びている。
町へ出るには、ここを通るよりほかはなく、諸々の用事は昼間のうちにすませておかなくてはならない、ちょっぴり不便な場所だった。
「あの子ったら、自分でサンドイッチをこしらえてったのね。お昼に戻ってくるつもりはなさそうだわ」子供たちの母親であるクレイア・ストンプは、キッチンのテーブルの上に置かれたまま、しまい忘れたジャムの瓶と食パン入れをながめてうなずいた。「さてと――」
居間へ行き、ロンダー・パステルに住む妹に電話をかける。
「セルシア？ わたしよ、クレイア。ちょっと頼みごとがあって電話したの」
「あら、姉さんが頼みごとだなんて、珍しいじゃない？ いったい、どうしたの」
「あなたのところのパルナンとゼルジーを、この夏、うちで過ごさせたいと思うんだけど、どうかしら」
「ちょっと待って。いま、２人を呼ぶから。パル、ゼル、ちょっといらっしゃい。ソームウッド・タウンのおばさんがさあ、あんたたちに遊びに来ないかって」受話器のあちら側でにぎやかに子供たちの声が近づいてきた。てんでに、「えー、ほんと？」とか、「やったー！」などと、よほど退屈していたのだろう、大冒険を前にした海賊のようにはしゃぎまくっている。「あ、姉さん？ うちの子供達は、呼ばれなくても押しかける勢いだわ。でも、そちらに迷惑なんじゃないの？」
「それどころか、大歓迎よ。というのもね、うちのリシーは、この夏、独りっきりで寂しい思いをしそうだったの。ロファニーもベリオスも、サマー・キャンプに行ってしまうでしょう？ よかったわ、２人が来てくれるんで。とくにゼルジーとは年も同じだし、女の子同士だから、きっと仲良くなれるわ」
さっそく、パルナンとゼルジーは支度をさせられ、昼過ぎの便でソームウッド・タウン行きの電車に揺られて、夕暮れ前には到着した。
ソームウッド・タウンの駅で２人してのんびりと、ストンプ伯父の迎えの車が来るのを待つ間、周りの景色を感嘆の思いで眺めていた。
都会育ちのパルナンとゼルジーにとって、見るものすべてが物珍しくてしかたなかった。どこを見ても木や草が生い茂り、覆いかぶさるような山々が四方を囲んでいる。青い空はロンダー・パステルで見るよりも鮮やかに青く、真綿のような白い雲ときたら、あれが水蒸気の集まりだなんて、どうしても信じられず、ベッドにして昼寝ができたら、きっと楽しい夢が見られるに違いないのに、と残念でたまらないほどだった。
「お兄ちゃんは、ここの子のこと知ってる？」ゼルジーは聞いた。
「ロファニーとベリオス？」
「ロファニー達のことなら覚えてるわよ、わたし」ゼルジーは急いで言った。「うちに何度か遊びに来たことあるし。それよりも、一番下の女の子、あの子とは同い年だっていうから、きっと仲良くなれそうに思うの」
「ああ、リシアンだろ？ クレイアおばさんが言ってたけど、いつも空想ばっかしてるそうだぜ。１日中、ぽーっとしてるって。おまえとは確かに気が合いそうだ」
パルナンにそうからかわれても、ゼルジーはむしろ、ほっと安心するのだった。ゼルジーもまた空想が好きで、いつも別世界に憧れているようなたちだったのである。
「おまえの大好きなロファニーお兄さまは、ただいまサマー・キャンプで留守だけどなっ」
ゼルジーは、顔がかーっと真っ赤になるのが自分でもわかった。たしかに、ロファニーが家に遊びに来るたび、ゼルジーはべったりだった。もっとも、それは彼女がずっと小さかった頃のことで、最近はちゃんと淑女らしくふるまっているつもりだ。けれども、パルナンはいつまでも、昔のことをあれこれ持ち出す。まったく、腹立たしいことだった。
ゼルジーが何か一言、言ってやろうと、肩をそびやかせて向き直ったそのとき、ストンプ伯父の車が駅の駐車場へと入ってきて、プップーとクラクションを鳴らした。
「やあ、遠いところから大変だったね。よく来た、よく来た。さあ、お乗り。うちまで15分くらいで着くからね」
２人はあいさつをすませて、順に乗り込んだ。ホームでのやりとりがあった手前、パルナンとゼルジーはそれぞれ、後ろの席で互いに反対側の窓に離れて座った。車窓の景色を楽しむという目的があったとしても、このソームウッド・タウンの田舎では、どちら側の窓も、たいしてかわり映えのしない風景だった。
実際、２人は景色を楽しんでいるとはいえなかったかもしれない。パルナンは、あの山のどこにカブトムシやクワガタ、見たこともない貴重な昆虫がいるだろうかと推測をめぐらせ、ゼルジーはリシアンとはウマが合うだろうか、仲よくやっていけそうかな、なにしろ夏休みは長いんだから、それこそ重大な問題だわ、と真剣に悩んでいたのだから。
２．ゼルジーとリシアン
車がストンプ家に到着したその頃、リシアンはまだ森の中だった。夏の日暮れは遅い。そろそろ夕方だというのに、いまだに日差しが強く、木立の影はくっきりとしている。
お気に入りの隠れ家、桜の老木にぽっかりとあいたうろの中で、リシアンはあいかわらず空想の世界にひたっていた。
今日、訪れたのは、何もかもがパンでできた国だった。家々は丸ごと一斤の食パン。屋根にはそれぞれ、ブルー・ベリーやイチゴ、マーマレードで塗り固められた屋根がのっていて、壁一面にはバターがたっぷり塗られていた。
町の真ん中には広場があって、レーズンパンの噴水からは、勢いよくホイップ・クリームが吹き出している。
住んでいる人達は乾パンでできていて、生地の上にマジパンで服が描かれ、彩りも鮮やかに、大いに賑わっていた。
整列して行進する近衛兵のかつぐ鉄砲は固いフランスパン、王と妃の頭に乗るのは黒と白のチョコレートにカラフルなゼリー・ビーンズを埋め込んだサークレット。
７月のソームウッド・タウンは、朝早いというのに、じりじりと太陽が照りつけ、暑い１日となりそうだった。
ストンプ家のロファニーとベリオスは、つい30分ほど前に、中学校のサマー・キャンプに行くため、お父さんの車で駅まで送られていったところだった。
末の娘が見あたらないところをみると、２人の兄が行ってしまうのを寂しがって、１人で森へと出かけているのに違いない。
手入れの行き届いた庭には、いかにも夏らしく、立ち並んだヒマワリが揺れている。去年の秋、ベリオスがどこからかもらってきた種を、みんなして植えたヒマワリだった。
あちらこちらに配置された、形も大きさもさまざまなプランターには、お母さんの丹精込めたマツバボタンやヤグルマソウ、ダリア、エリカなど、彩りもにぎやかに咲き誇っている。
10歩で一巡りしてしまう池には、ロファニーが近くの小川で捕ってきたフナやクチボソなどが泳いでおり、かわいらしい睡蓮の葉っぱがぷっかりと浮かぶその上には、アマガエルが眠たそうなまなこで、ちょこんと座っていた。
庭をめぐらす垣根代わりの灌木の向こうには、森がどこまでも続いていた。車がやっと行き来できるほどの細い道が、うねうねと登ったり下ったりを繰り返しながら、緩やかな山へ向かって延びている。
町へ出るには、ここを通るよりほかはなく、諸々の用事は昼間のうちにすませておかなくてはならない、ちょっぴり不便な場所だった。
「あの子ったら、自分でサンドイッチをこしらえてったのね。お昼に戻ってくるつもりはなさそうだわ」子供たちの母親であるクレイア・ストンプは、キッチンのテーブルの上に置かれたまま、しまい忘れたジャムの瓶と食パン入れをながめてうなずいた。「さてと――」
居間へ行き、ロンダー・パステルに住む妹に電話をかける。
「セルシア？ わたしよ、クレイア。ちょっと頼みごとがあって電話したの」
「あら、姉さんが頼みごとだなんて、珍しいじゃない？ いったい、どうしたの」
「あなたのところのパルナンとゼルジーを、この夏、うちで過ごさせたいと思うんだけど、どうかしら」
「ちょっと待って。いま、２人を呼ぶから。パル、ゼル、ちょっといらっしゃい。ソームウッド・タウンのおばさんがさあ、あんたたちに遊びに来ないかって」受話器のあちら側でにぎやかに子供たちの声が近づいてきた。てんでに、「えー、ほんと？」とか、「やったー！」などと、よほど退屈していたのだろう、大冒険を前にした海賊のようにはしゃぎまくっている。「あ、姉さん？ うちの子供達は、呼ばれなくても押しかける勢いだわ。でも、そちらに迷惑なんじゃないの？」
「それどころか、大歓迎よ。というのもね、うちのリシーは、この夏、独りっきりで寂しい思いをしそうだったの。ロファニーもベリオスも、サマー・キャンプに行ってしまうでしょう？ よかったわ、２人が来てくれるんで。とくにゼルジーとは年も同じだし、女の子同士だから、きっと仲良くなれるわ」
さっそく、パルナンとゼルジーは支度をさせられ、昼過ぎの便でソームウッド・タウン行きの電車に揺られて、夕暮れ前には到着した。
ソームウッド・タウンの駅で２人してのんびりと、ストンプ伯父の迎えの車が来るのを待つ間、周りの景色を感嘆の思いで眺めていた。
都会育ちのパルナンとゼルジーにとって、見るものすべてが物珍しくてしかたなかった。どこを見ても木や草が生い茂り、覆いかぶさるような山々が四方を囲んでいる。青い空はロンダー・パステルで見るよりも鮮やかに青く、真綿のような白い雲ときたら、あれが水蒸気の集まりだなんて、どうしても信じられず、ベッドにして昼寝ができたら、きっと楽しい夢が見られるに違いないのに、と残念でたまらないほどだった。
「お兄ちゃんは、ここの子のこと知ってる？」ゼルジーは聞いた。
「ロファニーとベリオス？」
「ロファニー達のことなら覚えてるわよ、わたし」ゼルジーは急いで言った。「うちに何度か遊びに来たことあるし。それよりも、一番下の女の子、あの子とは同い年だっていうから、きっと仲良くなれそうに思うの」
「ああ、リシアンだろ？ クレイアおばさんが言ってたけど、いつも空想ばっかしてるそうだぜ。１日中、ぽーっとしてるって。おまえとは確かに気が合いそうだ」
パルナンにそうからかわれても、ゼルジーはむしろ、ほっと安心するのだった。ゼルジーもまた空想が好きで、いつも別世界に憧れているようなたちだったのである。
「おまえの大好きなロファニーお兄さまは、ただいまサマー・キャンプで留守だけどなっ」
ゼルジーは、顔がかーっと真っ赤になるのが自分でもわかった。たしかに、ロファニーが家に遊びに来るたび、ゼルジーはべったりだった。もっとも、それは彼女がずっと小さかった頃のことで、最近はちゃんと淑女らしくふるまっているつもりだ。けれども、パルナンはいつまでも、昔のことをあれこれ持ち出す。まったく、腹立たしいことだった。
ゼルジーが何か一言、言ってやろうと、肩をそびやかせて向き直ったそのとき、ストンプ伯父の車が駅の駐車場へと入ってきて、プップーとクラクションを鳴らした。
「やあ、遠いところから大変だったね。よく来た、よく来た。さあ、お乗り。うちまで15分くらいで着くからね」
２人はあいさつをすませて、順に乗り込んだ。ホームでのやりとりがあった手前、パルナンとゼルジーはそれぞれ、後ろの席で互いに反対側の窓に離れて座った。車窓の景色を楽しむという目的があったとしても、このソームウッド・タウンの田舎では、どちら側の窓も、たいしてかわり映えのしない風景だった。
実際、２人は景色を楽しんでいるとはいえなかったかもしれない。パルナンは、あの山のどこにカブトムシやクワガタ、見たこともない貴重な昆虫がいるだろうかと推測をめぐらせ、ゼルジーはリシアンとはウマが合うだろうか、仲よくやっていけそうかな、なにしろ夏休みは長いんだから、それこそ重大な問題だわ、と真剣に悩んでいたのだから。
２．ゼルジーとリシアン
車がストンプ家に到着したその頃、リシアンはまだ森の中だった。夏の日暮れは遅い。そろそろ夕方だというのに、いまだに日差しが強く、木立の影はくっきりとしている。
お気に入りの隠れ家、桜の老木にぽっかりとあいたうろの中で、リシアンはあいかわらず空想の世界にひたっていた。
今日、訪れたのは、何もかもがパンでできた国だった。家々は丸ごと一斤の食パン。屋根にはそれぞれ、ブルー・ベリーやイチゴ、マーマレードで塗り固められた屋根がのっていて、壁一面にはバターがたっぷり塗られていた。
町の真ん中には広場があって、レーズンパンの噴水からは、勢いよくホイップ・クリームが吹き出している。
住んでいる人達は乾パンでできていて、生地の上にマジパンで服が描かれ、彩りも鮮やかに、大いに賑わっていた。
整列して行進する近衛兵のかつぐ鉄砲は固いフランスパン、王と妃の頭に乗るのは黒と白のチョコレートにカラフルなゼリー・ビーンズを埋め込んだサークレット。