平成の若い者に今日もイラついていた
8.6の日のバズーカ―が日本に落ちた事を浮かれて歌って、広島、長崎の人達の事を何も思わないのか?無念にこの世を去っていった人の事を何も考えないのか?
いつも若い奴の不満を五つ年上の妻の雫に言っても、
「人それぞれよ。若い子なりに頑張ってるんじゃないの?」
年上だから寛容なのはいいが、社会のあり方を分かっていない。
自分を癒すために仕事をする奴は、ボランティアでもしてればいいんだ。
Yシャツを着てネクタイを締める。ニュースを聴く。
“中谷防衛大臣が韓国との早期会談呼びかけに…”
「あなた、今日の占いあなたと私1位と2位なのよ」
雫が高らかな声で言う。
「ああ」俺は構わずニュースをみる。
“中谷防衛大臣の意向は…”
「今日は何の日か分かる?」雫が言う。
「今ニュースを聴いているんだ。中間管理職の俺がニュースを見てないと知れたらいい笑いもんだ。ちょっと黙っててくれよ」
「分かった」
「じゃあ行ってくる」
家を出てしばらく歩き、先ほどの雫の言葉を振り返った。
今日何の日?4月29日。今日は結婚記念日だ。
俺は走って家に戻り、ドアを開けて、
「雫ごめん、今日は俺達の…」
雫はリビングでしくしく泣いていた。
“しまったなあ”
「会社に行ってくる。帰ったら話そう」
今日は一日仕事が空回りだった。
そして家に帰り、
「今帰った」中から雫の声で、「おかえり」
テレビのニュースはついている。
“中国の西安地区のビルが傾いている事に日本人の建築士が介入しました”
静かな部屋にニュースだけが流れる。時刻は7:39。もうすぐニュースは終わる。
“和歌山県のご当地アイドルが、地元の介護施設を一日体験し、笑顔を振りまきました。アイドルたちは看取りについて施設の施設長から講義を受けました”
「Yシャツクリーニングありがとう」
「別にいつもの事でしょ」
ニュースは終わり、特集で出雲大社の紹介をしている。
稲佐の浜の映像が映る。
波の音がサラサラいやサーサーだろうか、聴こえる。
サラサラ、サーサー、俺はその波の音を阿呆のように聞いていた。
時刻は7:49
サラサラ、サーサー
サラサラ、サーサー
雫は黙って厨房に入っている。
何を話しかけても、今日は形式的な味気ない会話しかしない。
ちっ、やっちゃったよ。こんなことになるなんて。
俺はいつもそうだ。
ああ、毎日、東証株価指数なんて追ってる暇があったら、もっと雫と一緒に料理でも手伝ってれば良かった。
もっと毎朝、愛のあるキスをすればよかった。
しばらく俺もつまらない人間になってたもんだ。
おい、興奮しなくて、それって人生かい?
会社の歯車になって何かを忘れていた。
若いころの俺もそんな完璧な人間じゃなかった筈だ。
そして血の気もうずく問題児だった。
いつも疲れても、妻の愛が包んでくれた。
忘れてしまったのかい?大切なものを。
「五月の連休島根県の出雲にでも旅行に行こうか。長い間忘れていたものを取り戻す」
「うん。楽しみ」雫が笑った。
優しげな空気を取り戻した気がした。
雫がポツリと言った。
「男は浮気できても、女は一人の男しか愛せないんだからね。一生責任持ってよね」
古い秩序が死んで、新しいもの達の群れが生まれる。
理屈じゃないんだ。
そう Time goes by.
(完)
作品名:平成の若い者に今日もイラついていた 作家名:松橋健一