サーキュレイト〜二人の空気の中で〜第二十八話
不安そうな顔で。
まどかちゃんは、確かにここにいる。
決して幻なんかじゃない。
よれた三輪ランドの制服のドレスに、ぶかぶかの黒いジャンパー。
白銀色の髪と、朱を秘めた黒の瞳は生気に輝いていて。
確かにそこに存在して、生きている。
「雄太さん。わたし……ちゃんといるよね?」
「ああ、もちろん。ちゃんといるさ」
オレは手に、一層力を込めた。
絶対に離さないように。
するとまどかちゃんは、ようやく安心したように、微笑んでくれた。
「ごちそうさまっと! 腹いっぱいだな、こりゃ。んじゃま、改めて、トリプルデートにレッツゴーってことで」
「よし、行こうっ、みゅう、案内よろしくーっ!」
「ちょっと待ちなさいよ! 走ると転ぶわよっ!」
「大丈夫だって由魅ちゃんも早くっ!」
今ちゃんって、言ってたけど。
何か急に思い出したぞ。違和感の正体を。
まるで年の離れた姉弟のような物言いで、走る快君を追いかける中司さん。
二人が、実は付き合ってたんだってことを。
加えて、快君やアキちゃんの『みゅう』って言う呼び名。
小さい頃、虫歯菌のミュータンスが流行った? 時に、雄太という名前とかけて付けられたあだ名だ。
いやな思い出だったから、忘れてた。
そう考えると、やっぱりあの快君たちは幻だったのかもしれない。
何だろ? じゃああの二人は、オレが考えてた二人の勝手な偶想だったんだろうか……。
「久保田くん。私、あなたの恋人になった覚えはありませんけど」
「ま、まあ、いいじゃないのっ。遊園地に男女のカップルが遊びに来たら、立派なデートっしょ!」
「……それも、そうですね」
意外にも、峰村さんはあっさりと頷いて。
アキちゃんともに、快君たちを追って中へと入っていった。
って言うかオレ、峰村さんが笑ってるの初めて見たかもしれない。
「ひょっとして、また入るのか?」
見ると、快君がもうすでに門の内側に入っていて、オレたちを呼んでいる。
その先には、迷路も、観覧車も、見えなかった。
三輪ランドは、何も無かったかのように、ひっそりと佇んでいる。
そう思った時、ランドの入り口からもう一人、誰かやってくるのが見えた。
「あれ? あの人」
まどかちゃん知ってるの? と言おうとしてはっとなる。
その人物は、どう見てもオレの知っている人物だったからだ。
「じいちゃん? 何でここにっ!」
じいちゃんは、ゆっくりとした歩みでオレたちの前に立ち、オレとまどかちゃんを交互に見渡してから、言った。
「なに、ちょっと昔の知り合い……友人に会いにな」
「えっ?」
じいちゃんはそうとだけ言うと、さっさと三輪ランドの中に入っていってしまう。
じいちゃんの友人?
それって……。
オレの眉間には、皺がよっていただろう。
それを見て、まどかちゃんがいたずらっぽく笑って言った。
「行こうよ、雄太さん! 今度も、何かあったら、ちゃんと助けてねっ」
そんな明るい声に、オレはおもわず破顔して頷く。
そう言われたら、行くしかないよな。
オレたちは、再び三輪ランドのアーチをくぐる。
その瞬間、ひどく懐かしいような既視感を覚えて。
ああ、あれは叶わぬ夢じゃなかったんだなって、苦笑する。
―――それは、心地よく、ただ優しい風が吹いていた……九月の終わりの、ある日のお話。
(終わり)
作品名:サーキュレイト〜二人の空気の中で〜第二十八話 作家名:御幣川幣