サーキュレイト〜二人の空気の中で〜第二十八話
それから泣き疲れて眠り込んでしまったオレたちは。
開かれた扉から入る、太陽の光で目を覚ました。
観覧車のゴンドラは、降り場より少し高いところで止まっている。
二人して何とかしてそこから降りると、目の前は随分前に見た記憶のある入り口の場所だった。
見覚えのある券買所と、少し寂れた、『ようこそ、三輪ランドへ!』の看板。
「……出られたんだ、オレたち」
「うん。そうだね」
いろいろな感情がない交ぜになっているのだろうが、それでもまどかちゃんは微笑んでいた。
どちらからともなく繋ぎ合った手に、柔らかな力がこもる。
それはオレの力なのか、まどかちゃんの力なのか分からないくらいに、自然な動作だった。
と。
「あーっ! みゅうったら、こんなところにいたーっ!」
突然の甲高い子供のような黄色い声に、二人してびくっとなる。
だってそれは、ありえないはずの声だったから。
オレは恐る恐る声のしたほうに向く。
そこには、これからどこか探検にでも行こうかという様子の、二組の男女がいた。
「か、かかか快君? 中司さん! アキちゃん? それに、峰村さんまで! どっ、どうして?」
快君と中司さんは、無事だったのか?
峰村さんは用があって来られないんじゃなかったっけ?
っていうかアキちゃんは今までどこにいたんだろう?
やばい、混乱してきた。
「どうしたもこうしたもないでしょうが、みゅうく~ん! 一応班行動なんだからさ、連絡くらいしようぜぇ? 一人抜け駆けは、いけねーなあ」
アキちゃんが青いロン毛を靡かせて、そう言ってくる。
抜け駆け? オレが?
「それはアキちゃんのほうだろう?」
思わず耳を疑い、聞き返す。
「何を言っているのよ? 久保田は私たちと今まで一緒にいたわよ」
しかし、中司さんが当然のようにそう言ってきた。
「おいおいそりゃないぜ、みゅうっ。オレ様ってこう見えても、こういう決まりごとにはうるさいんだぜぃ?」
「だからみゅうはやめろって!」
半分何言ってるかも分からずに、反射的に返したのはそんな言葉。
「先に行くなら、一言そう言ってくれればいいのに。ボクたち、部長に先に行ったって言われなかったら、ずっと駅で待ってるところだったよ。理由はお隣の彼女さん? ボク、知らなかったよ。みゅうにこんな可愛い彼女がいたなんてさ」
快君が、隣のまどかちゃんを見て、しきりに感心している。
その言葉が決定的だった。
「……え?」
「ちょっと待ってくれよ! 快君、君はこの中で、まどかちゃんと会ってるじゃないか、中司さんだって!」
「……? 言ってることがよく分からないわ。私はあなたに彼女を紹介された覚えはないし、ここに来るのも初めてよ? 夢でも見たんじゃないの?」
夢? あれが夢だったっていうのか?
呆然として俯きかけると、中司さんの足の白いマニキュアが目に入った。
「でも、オレ、そのマニキュア覚えてるよ? 探策しに行くのに、そりゃ間違ってるだろって思ってたから」
忘れろと言われても、忘れることなんてできない。
そんな色濃く残る白だ。
「間違ってて悪かったわね、それにこれはマニキュアじゃなくてペディキュアよ。それぐらいは知ってなさいよ」
中司さんの、説教じみた言葉も、頭に入ってこなかった。
じゃあ、今まであったことは、何なんだよ?
「あっ!」
その時、隣にいたまどかちゃんが、突然声をあげた。
震えが、手のひらから伝わってくる。
何となくその視線を追うと、その先には快君がいて。
その後ろ手には、ギラリと光る何か。
「か、快君っ。それは……っ」
剣だ。雨の魔物の剣!
じゃあ、やっぱり!
「ああ、これ? なーんだ、見つかっちゃったか」
そう言って、一メートルは軽くあるだろう剣を、快君はその細腕でいとも簡単に掲げて見せた。
その様子に、オレたちはそろって身構える。
「こらっ。そんなもの、掲げないのっ。二人とも、怖がってるじゃない」
それを窘めるようにして怒ったのは、中司さんだった。
「えー? 別にいーじゃん、中身はただのプラスチックなんだしさ。すごいでしょこれ、途中のおみやげやさんで買ったんだ。千五百円だったよ」
そう言って快君は得意げに、その剣をくるくるとペン回しみたいに回転させた。
あまりに剣捌きが手馴れていて、正直笑えない。
本当に偽者なんだろうかって考えてると、また声がかかった。
「そうか、分かっちゃったぞみゅう。つまりみゅうは、ここに来るまで一人除け者にされるのが嫌で、彼女と先にここに来てしまったのか、なるほどね~」
オレ様分かっちゃったもんね、といったニヤケ顔でそう言ってくるアキちゃん。
「だから違うって、オレは先に来てなんかないよ! だって、東京駅で待ち合わせ、したじゃないか!」
それはもう分けが分からなくて、叫びに近かったかもしれない。
「……それって、いつのことですか?」
その時初めて峰村さんが口を開き、オレの熱くなっていた心を冷やした。
そのことに面食らいながらも、オレはそれに答える。
「九月二十日の、朝の九時だけど」
「その日だと、一日早いですね。私たちは普通に今日……二十一日に来ましたので」
峰村さんは、淡々と言葉を発する。
「二十一日? だって、部長は二十日だって」
いや、そうは言ってなかったっけ?
いつもの日だって言っただけで。
オレがそう言った時、四人は何故か溜息をついて、勝手に納得していた。
こういうのすごく嫌な気分になるよな。
除け者にされたみたいで。
「ようするにだ、部長に嵌められたんだな、みゅうくんは」
「そう言うことだね、だってよく考えてみなよ。サークルの課外活動って、いつも給料日の次の日にやるって決まってるでしょ? 給料日の次の日って言ったら、二十一日じゃんか」
そう言えばそうだ。
何で今まで気付かなかったんだ……オレは。
二十日が休みかどうかなんて、よく考えてみれば関係ないんだってことを。
「これが噂の部長のサプライズね」
中司さんの言葉に、はっとなる。
サプライズ……?
これが部長のサプライズだって?
「あ、そうでした。部長から、雄太さんにって、お手紙預かっています」
オレは、そう言う峰村さんの手から、白い手紙を受け取る。
そこには。
『僕のサプライズ、楽しんでもらえたかな? 話を聞いていなかった報いだよ♡』
とだけ、書かれている……。
それじゃあ、今までのことは、全部幻だってってことなのか?
「それにしても、アツイねえ、お二人さんは。オレ様たちと話していても、ずっと手、握ったままだもんなあ」
アキちゃんの声で、我に返る。
普段だったら、思わず手を離してしまうところなのかもしれない。
でもオレは手を離せなかった。
いや、離したくなかったんだろう。
隣を見た。
まどかちゃんがいる。
作品名:サーキュレイト〜二人の空気の中で〜第二十八話 作家名:御幣川幣