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Trick or Treat - お試し版 -

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 女をタクシーに乗せる前に、透真はふざけた衣装から今朝家を出たときのスーツに着替えていた。
「もちろん」
 微笑んだ透真に満足して歩き出すと、すぐに腕を掴まれた。
「なんだ?」
「そっちじゃないって」
「直線距離ならこっちだろ。その辺から――」
「あのね!」
 最後まで言い切らないうちに透真が大声で遮った。けれど、周りを気にしてすぐ小声になる。
「当たり前のように言うなって。オレは飛べないの!」
「私に掴まってればいいと言っただろう」
「急いで帰る必要あんのかよ」
 いや、特にない。透真の傍にいるのなら構わない。けれど、この人の多さから早く抜け出したい気分だった。
「早く帰るほうがいいだろ。だいたいおまえは高いのが怖いだけじゃないか」
 透真は足が宙に浮いたままの状態が嫌いらしい。いつも言い合いになり、意地でも同行したがらない。
「だーかーらっ、怖いんじゃなくて好きじゃないんだって何度言ったら分かるんだよ。おまえと違って、オレ、人間なの」
 自分とは違う――突き離されたようでちくりと胸が痛み、レンは俯いた。
「電車でさ、一緒に帰ろ」
 ぽんと頭を軽く叩かれて顔を上げると、透真が優しく微笑んでいた。それだけでなんとなく思い苦しんでいるのがどうでもよくなるのだから卑しいにもほどがある。この私がなんであんな人混みに紛れなきゃいかんのだ――そう突き返せばいいのに素直に頷いてしまう。
 と、ふと気づいた。
「おまえ、自転車はどうした」
 普段、透真は通勤に自転車を使っている。今朝も自転車で出て行ったはずだ。
「さっき酒飲んだから飲酒運転になっちゃうもん。ここに来る時点で会社に置いてきてるし」
「酒飲んでるとは暢気なもんだな」
 連絡も寄越さず飲み食いしてたのかと思うと腹立たしい。鋭く睨み付けると透真は苦笑した。
「そんなに飲んでないよ。付き合いなんだから。ほら、駅あっち」
 透真が背中を軽く叩いたのを合図に歩き出した。
 週末だとこの時間は意外と空いているらしく、電車内でそれほど人間にまみれることはなかった。
 移動の間、透真はどうして予定通りに帰れなくなったかを一から説明し始めた。
 丈が短く合っていないふざけた衣装を着ていた理由もわかったので、レンは叱り飛ばすことはしなかった。行方知れずでもなく、すぐ手の届くところにいるのだから――。
 レンが透真と同居するようになってから半年近くになる。
 地上に降りたところで行くあてなどなく、当然、住む場所などないレンを、透真が半ば強引に家に引き入れたのだ。
 おかげで居心地のいい毎日だ。難点は平日日中、透真が傍にいないことだったが、半分眠ってやり過ごしている。
「はーい、ただいまー」
 透真の間延びした声とともに家に帰り着くと、レンは窮屈なスーツを脱ぎに部屋へと直行した。
 家を飛び出す前に着ていた黒いスウェット上下に着替え、リビングに行くと紅茶のいい香りが漂ってきた。キッチンで透真がティーポッドにお湯を注いでいる。
「飲むでしょ?」
「ああ」
 レンが紅茶を好むので、透真はよく淹れてくれる。透真自身は気分次第でなんでもいいらしい。
 茶葉を蒸らす間に透真は着替えに行ってしまった。レンはソファに座り、ティーポッドを見つめて待つ。そろそろいいだろうとティーカップに紅茶を注いでいると透真が戻ってきた。
 レンがスウェットを独占して以来、ジャージが透真のホームウェアだ。しかもYシャツは着たままで、恰好悪いのになんとなく様になっているのは透真だからだろう。
「なにしてんだ」
 こちらに来ず、またキッチンでごそごそし始めた透真を怪訝に思う。
「いいもんがあるんだー」
 皿とフォークを手にしながら透真はようやくこちらに来てレンの隣に座った。皿にはオレンジ色のケーキが乗っている。
「パンプキンパイ。さっきいた店でさ、おいしかったからもらってきたんだ。あんとき来てくれて助かったし、お礼とお土産を兼ねて、ね」
「いらん」
 腹は空いてない。
「やっぱ怒ってる? 言い訳ばっかだけどさ、ほんと今日はおまえとハロウィンパーティしようって思ってたんだよ」
「別に怒ってない。今朝もハロウィン、ハロウィン言ってたな。そんなに騒ぎたいか」
 冷めないうちに紅茶を一口飲んでから透真に問い掛けた。
「だって、本物のヴァンパイアにトリックオアトリート!って言ってもらえるじゃん」
 なぜだろう。その満面の笑みは今日一番の笑顔に見える。
 つい派手な音を立ててカップをソーサーに置いた。
「それは私のことを言ってるのか!?」
「うん!」
 大きくはっきりと頷いた透真の頭をレンは思い切り叩いた。
「誰が言うか! だいたい! ヴァンパイアなどという醜い呼び名はやめろと言っただろ。私は奴らとは違う」
 血を糧にして生き長らえている奴らはその名の通り吸血鬼でありヴァンパイアだ。しかし、レンが血を欲するのは地上に留まるためであって生きるためではない。根本的に違うのだ。もちろん透真には説明してある。
「わかってるって。でもいいじゃん、血吸うんだからさ。すげー雰囲気あるじゃん、仮装だって仮装」
「まだ言うか。血、吸い尽くすぞ」
 がしっと二の腕を強く掴み、凄んでみせると、透真は急に真顔になった。
「それでもいいよ」
「えっ……なに言って……?」
 何かを悟ったような落ち着いた口調にどういうことかと眉を顰めると、透真の瞳が一瞬揺れ、片腕で軽く抱き寄せられた。
「冗談。びっくりした?」
「きさまっ」
 急に転じた軽い声に悪ふざけにも程があると怒りの鉄拳を食らわそうとしたが、もう片方の手で頭を抱えるようにして肩口に押しつけられた。
 近づきすぎて、透真の匂いが利己的な欲を強く刺激する。良い香りだと思った紅茶の香りなど一瞬にして忘れてしまった。
「パイはいらなくても血ならいるでしょ。いつもと同じ。ちょっとだけあげる」
 頭を押えられていた手が緩んだので、一度顔を上げるとまるでさっきの表情が幻だったかのように透真は明るかった。
 本当に悪ふざけだけなのか気になったが、今のレンはこの男以外食指が動かず、だからこそ堪えることができない。
 ボタンを外したシャツの隙間に手を入れる。首にある銀色のチェーンに触れ、絡めとってレンが渡した指輪がそこにあることを確かめる。これを身に着けている限り透真を見失わない。
 笑みを浮かべ、シャツの襟をさらに開いて押さえる。あの女のような化物にはならない。そのための牙だけを現し、そっと透真の首筋に当てる。
 欲を満たされる期待にぞくぞくして喉を鳴らすと、遠慮なくその皮膚を突き破った。
 溢れ出す甘い液体に吸いつき、すぐさま快楽に陶酔してしまう。
 すっかり慣れている透真はおとなしく、レンが恍惚と味わう最中もその髪を撫でていた。
 下手すると暴走しかねない行為からいつも引き戻してくれるのも透真だった。頭を軽く叩かれる感触に気づくと、素直に吸いつくのはやめ、傷つけたその痕をゆっくりと舐めた。数回舐めると傷は綺麗に消えていく。
「今日もおいしかった?」
 首筋から口を離すといつも問われた。
 おいしくないわけがない。頷くと透真はいつも嬉しそうに笑みをみせた。血を吸われて嬉しがるのは透真ぐらいだ。