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Trick or Treat - お試し版 -

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 後輩とパーティバッグを近くの壁に預けて両手を空けたいが、ヴァンパイアは総じて素早く、その隙に襲い掛かられる可能性が高い。後輩をここで手放したらアスファルトに打ちつけて怪我をするかもしれないが、そのほうがまだ勝算がありそうだ。
「足が竦んじゃったかしら? 恐怖は最高のスパイス。二人ともおいしくいただくわ」
「大食いかよ」
 うんざりして溜息をついた途端、背後から声がした。
「さっさとしろ」
 その声に反射的に心が躍ったのもつかのま、「やばっ……」と透真は小さく叫んだ。危機が迫っているこの場面でなければ天を仰いだだろう。
 その鋭い声は氷のように冷たく怒りを如実に表してる。しびれを切らしてここまで来るとはがっつり怒られるかもしれない。
「あら、同類? おこぼれに預かろうなんて意地汚いわね。これ、あたしが見つけたのよ」
 女は不満あらわに透真の背後に声を投げかけた。
「貴様に言ったんじゃない。このバカに言ったんだ」
 吐き捨てるようにバカと言った同居人――レンの足音が近づき、透真の横に並んだ。
「バカはないだろ、バカは! 人助けしてんの!」
 透真は戸惑っている女を目の端に据えながらレンに反論した。だが、レンは取り合わず、透真を一瞥すると呆れたように言った。
「おまえ、なんて恰好してんだ?」
「え? あーこれ、ドラキュラ伯爵」
 マントを翻してみせたいが両手が塞がってるので笑ってウィンクだけしてみせると、レンは唖然としてぺしりと頭を叩いてきた。
「てっ」
「やっぱりバカだろ」
「ちょっとなんなのよ!? あんた同類でしょ!」
 苛立ちを隠さない女の声が路地に響き渡る。いい加減誰か人が来そうなものだが意外と来ないのだから困ったものだ。
「同類?」
 レンは鼻で嗤った。軽蔑しきっている。頼むからこれ以上怒らせないで欲しい。
 女から見ればレンは同類――ヴァンパイアにしか見えない。けれど、逆は違う。透真からすると血を吸うという点に置いてどちらも同じだと思うが、レンは決して認めなかった。
「いい加減さっさとしろ!」
 レンが怒号とともに部下の腕を引いたので、咄嗟にその体とパーティバッグを預けると、透真は勢いよく女に向かって飛び出した。
 ドラキュラ伯爵を模したマントの結び目をほどき、拳に巻きつけるとそのまま女に殴り掛かる。女は一瞬反応が遅れ、避けることなく頬にまともに受けた。
 それでも体勢を大きく崩さないのは人間でないからだ。いまさら驚いていられない。見かけが女性だからといって甘くみると痛い目に遭う。
 弱らせるために間髪入れずに殴りかかる。ところが構えた女はもう簡単には殴らせてくれない。攻防を繰り返しながらわずかな隙を逃さず、足を振り上げ腹を蹴り飛ばすと女は吹き飛んだ。呻いてアスファルトに派手に転げたが、それでもすぐに立ち向かってくる。
 ヴァンパイアにいくら肉体的苦痛を与えたところでくたばってはくれない。口の端から流した血を舐めとりながら女は嫌なものを見るように透真を睨みつけた。
「まさか、スレイヤー……?」
「そうらしいよ」
 透真がにっこり笑ってみせると、女はますます表情を歪めた。
 ヴァンパイアにとってヴァンパイアスレイヤーは天敵だ。けれどその血は極上で、ヴァンパイアはそれに惹かれてスレイヤーに捕まる者も多かった。
「なんで見つかるのよ! そうよ、あんた! あんた、同類なのになんでスレイヤーと馴れ合ってんのよ!?」
 髪を振り乱さんばかりに叫ぶ女だったが、レンは興味なさげに目を逸らした。
「透真、いつまで遊んでる。さっさとしろと言ってるだろ!」
「え、いや……」
 透真は苦笑して頭を掻きながら辺りを見渡した。
「今、杭になるもん持ってないんだよね」
「この大馬鹿ものが!!」
「人にやらせるくせによく言うよ!」
 透真はすぐ横の壁に目をやる。積まれたビールラックの影に立てかけてあるビニール傘があった。少し曲がっているが問題ない。スレイヤーである透真が手にすることでヴァンパイアに対する強力な武器へと変貌する。
 素早く手に取ったが、その隙に逃げようと女は後ろに走り出した。透真は数歩勢いをつけて高く飛び、宙返りして女の前に着地する。女が次の行動を起こす間もなく腕を掴み、抱き寄せるようにしてその身体を捕えた。
 振り解こうとしてもびくともせず、女は恐怖と憎悪に満ちた瞳を透真に向けた。それを表情なく受け止め、透真はただ見下ろす。
「さっきの問い、最期に答えてやろう」
 レンが静かに口を開くのと、透真が短く持った傘を女の胸にめがけて突き刺すのとほぼ同時だった。
「この世に永遠はない。いつまでも無法な街は続かない。この男は……私のものだ」
 果たして最後まで聞こえていたか、心臓を一突きにされた女は断末魔の叫びとともに灰となって崩れ落ちていった。コツン、と冷たいアスファルトに打ちつけられた腕時計だけが形を残していた。
 慣れたようで慣れない。
 透真は心なしか痛む胸に手を当て、残された腕時計をぼんやりと見つめた。
「時間かけすぎだ」
 レンの声にはっとする。レンは深い溜息をつきながら後輩を放り投げるように渡してきた。
「わーっ、もう! 大切に扱ってよ」
 透真は曲がった傘を投げ捨て、慌てて後輩を受け止める。こんなに物扱いされているのに未だに気づかない彼女は幸せかもしれない。
「帰るぞ」
「彼女、送ってかないと。服とか鞄、預けたまんまだし」
「……その女はなんなんだ?」
 振り返ったレンの表情は冷ややかなままこわばっていた。
 信じてないわけじゃないと言うわりには、透真が誰かを気にかけるとレンはすぐ嫉妬する。それはそれで可愛いのだけれど、逆立った心を宥めるのが厄介だった。
「職場の後輩だよ」
 透真が笑顔で返すと、もう一度、深い溜息が聞こえてきた。

   ◇◇◆

 透真が後輩だと言う女を介抱してタクシーに乗せるまで、レンは他人を装い、少し離れたところで見ていた。
 血を吸われそうになったのを覚えてたらどうしようと透真は心配していたが、意識を取り戻した女は記憶が混濁しているのか、酔い潰れて居眠りしてたという透真の嘘を疑う様子もなく信じたようだ。
 覚えていないからか、表情も明るくずいぶんと元気のある女で、観察した限り本当に透真の後輩でしかなさそうで安心した。
 透真の言葉を疑っていたわけではないが、透真がそう捉えていなくても相手は好意を向けまくっていることがよくある。容姿の整ったこの男は厄介で、誰彼かまわず惹きつけるのだ。
 だが、彼女の透真を見る表情にそんな色はなかった。どちらかと言うと尊敬からくる好意といった感じだ。
 それを探って安堵している自分は滑稽だとレンは思う。
 透真はヴァンパイアスレイヤーとはいえ人間だ。いずれ人間の女と結婚し、その能力を継ぐ子を成すべきなのだろう。
 わかっている――わかってはいるが、今は考えたくない。
 レンは頭を左右に振り、嫌な意識を追い払った。
 女は透真に向かって笑顔で手を振ると、ひとりタクシーに乗った。パタンとドアが閉まり発車したタクシーを見てレンは軽く息を吐いた。
「これで帰れるな?」
 まっすぐにレンの元に駆け寄ってきた透真に訊ねる。