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荏田みつぎ
荏田みつぎ
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あの世で お仕事 3

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第3章
   四門地獄へ

金剛山を越えるのは、想像以上に困難だった。
六法堂とやまちゅうだけなら、もっと早い山越えとなったであろう事は、間違いない。しかし、二人は、高齢の南大門のペースに合わせねばならなかった。
おまけに南大門ときたら、学者根性丸出しで、見る物全てに興味を示す。この世では見る事の出来ない動植物なども多く、
「六法堂よ。これは何という草じゃ? ・・あれは何という木じゃ?・・・おおっ! 今、目の前を走り去ったゴキブリの様な虫は、何という名じゃ?」
と、うるさい事この上ない。
その度に、六法堂は、足を停めて南大門が納得するまで、いちいち説明させられる。少しでも早く山を越えねば・・・と話すが、南大門、一端質問を始めると、本来の目的を忘れて二人の言葉に耳を貸そうとしない。その殆どの質問は、六法堂にとっては、興味のない、至極当たり前のものなのだ。
しかし、さすがは学問一筋、探究心旺盛な大先生の面目躍如となる事もあった。まず、年老いた目で、どうすれば見えるのかという程小さな、蚤に似た別種の学名クェ・シラミを見付けた。そして、ウスバカゲロウ科ウスバカゲロウ族のウスラバカゲドウを採取した。
また、金剛山を七合目あたりまで登った時、三人のすぐ傍に一匹の動物が現れた。その動物は、彼らと出くわしても、慌てる素振りを見せず、悠然と歩いて去って行った。
実に奇妙な姿かたちの動物で、南大門は、それを見るなり、
「六法堂! 今、冷蔵庫に足を四本くっ付けた様な生きものが通って行ったのを見たであろう。あれは何という名じゃ?」
と、尋ねた。六法堂、応えて、
「はて・・・私もあの様なもの見た事がありません。」
と、応えた。
それは、南大門が形容した様に、四本の足を取り去れば、まさに冷蔵庫の様な姿かたちだった。つまり、体全体が直方体で、頭部と胴体が全く同じ大きさ。背丈はおよそ1メートル。体長約二メートル。全身が十五センチメートルくらいのふさふさした毛で覆われている。そして、虎そっくりの縞模様が有り、尻尾は無い。足の太さは、直径二十センチメートル。
博学な六法堂も、ついぞ見かけた事のない生きものだった。六法堂は、
「世の中は、広いですね。あの様に珍しい生き物が居るなどとは、今の今まで知りませんでした。」
と、その生き物が消えた方向を見ながら言った。
それを聞いて南大門は、俄然燃えてきた。
(・・・ようし、六法堂でさえ初めて見たというあの生き物、何が何でも正体を掴んでやる。もしかすると、未だ発見されて居らぬ新種の生物かも知れぬぞ・・)
と意気込んで、その生き物が消えた方向へ進み始めた。それを見たやまちゅうは、
「宇土の爺さん、そっちは今来た方向だぞ。先はまだ長い。こんな処で道草をしていたら、山を下りるまでに三日はおろか一週間もかかるぞ。あんな奇妙な四角野郎なんか放っとけよ!」
と、怒鳴ったが、南大門には聞こえない。彼は、後期高齢者とは思えない速度で、木立の向こうに消えてしまった。
残った二人は、しょうのない爺さんだと、呟きながら仕方なく後を追いかけた。
歳は取っても、いざ学問の為となると南大門の身体能力は、全く別人の様になるらしい。樹間をすり抜け、岩をよじ登り、蜘蛛の巣を掻い潜りして、遂に目当ての生き物に追いついた。
その生き物が立ち止まると、南大門も一定の距離を保って立ち止まり、ノートにその姿を描き写す。再び動き出せば後を追う。そうこうしながら、南大門は、彼が生まれてから今日まで、目を通した図鑑や文献を順番に思い出しながら、該当する生き物を脳裏で探る。しかし、彼の膨大な記憶の中からでさえ、目の前の生き物の記述は引き出せない。
そして彼は、それが新種の生き物であることを確信した。
彼は、即座に新種の生き物に命名した。学名、リ・フレジレタ・スリドア・スクエア。通称、嶺贈琥(れいぞうこ)。

この後、南大門は、金剛山を下りるまで、彼が命名した嶺贈琥の事を、折に触れては六法堂とやまちゅうに話し、二人を閉口させた。
しかし、山を下り切ってからというもの、彼は、一切嶺贈琥の事は口にしなくなった。
その代わりに、再びチーちゃん、チーちゃん、の連呼である。兎に角、騒々しい事に変わりは無い。
三人が歩くうちに、遥か行く手にではあるが、閻魔殿の屋根が、霞の中にぼんやりと浮かんでいるのが見え隠れし始めた。その屋根が、徐々にはっきりとした輪郭を帯びて来るにつれ、南大門の足の回転は速くなる。
南大門の頭の中は、きっと分厚い壁で二つに仕切られて居るのだろうと、やまちゅうは思った。
一方は世界の誰もが舌を巻く程の、知識と推理・分析力を持つ学問の部屋。もう一方は、女子と見れば所構わず話しかけ、相手は必ず自分に好意を抱いて居るという、大いなる勘違いの元に、相好を崩してデレデレ、ベタベタ、ウキウキとする。恥も外聞もない、余人の理解の範疇を越えた一種独特の部屋を持っている。
今、南大門は、目の前で智深清好女史に懸想し、半開きの口から涎を垂らさんばかり。目は在らぬ方向を見つめ、うわ言の如くチーちゃん・・・と呟く爺さまを、一体誰が、世界にその名を馳せた宇土南大門だと思うであろうか。何故、こんなのと付き合う羽目になってしまったのかと、やまちゅうは、今更ながらに悔んだ。しかし、それは、既に遅きに失していたのである。
六法堂に至っては、チーちゃん状態に陥った時の、南大門の相手をする必要など全く感じて居ない。今、彼の頭の中は、それどころではない。彼は、間もなく対面する閻魔に、何からどの様に報告すべきかを考えながら歩いていた。

三人は、閻魔の執務室に入った。
まず六法堂が、閻魔に賽の河原での顛末を報告した。
閻魔は、賽の河原と三途の川が粛清された事を、素直に喜んだ。続いて、南大門が、賽の河原の様子を事細かに説明した。その説明は、細部まで行き届いた文句の付け様のないものであった。閻魔は、
「南大門、よくぞ其処まで微に入り細に入り調べたものよの。全くお前の観察眼には感心するばかりじゃ。」
と、言い、六法堂に向かって、
「ところで六法堂よ。お前は、懸衣翁の屋敷前で、派手に起ち回りをしたそうじゃが、その様な技を一体何時、何処で会得致したのじゃな?」
と、尋ねた。六法堂は、一礼した後、
「はい。此処を旅立つに当たり、行動を共にする者の事を少しは知らねばと思い、やまちゅうの頭脳に入り、彼の知識・経験などを調べました。あの時の技は、彼の頭脳から会得致したものでございます。」
と、答えた。それを聞いて、やまちゅうは、
「ええっ? それでは修行をして会得したのではなくて、俺の頭の中から盗んだだけだと言うのかい?」
と、驚きながら聞いた。六法堂は、笑いながら、
「はい。その通りです。やまちゅうの頭脳から貰った数少ない情報の一つです。しかし、お前の頭脳から喧嘩のやり方を省けば、残りは何も無いに等しい・・・」
と、応えた。それを聞き、苦虫を噛み潰した様なやまちゅう。大笑いをする閻魔と陰陽。しかし、その中で南大門一人、何故か浮かぬ顔。それに気付いて、
「南大門、何を考えて居る?」
と、閻魔は、一人静かな南大門に声をかけた。
「・・・・」