サーキュレイト〜二人の空気の中で〜第二十七話
観覧車は、激しくなった雨音だけを引き連れて、ゆっくりゆっくり昇っていく。
二人で座るとちょうどいい広さのゴンドラで。
そこは二人だけの空間といった感じだった。
しかし今は、静けさが重い。
原因は、沈んだままのオレだろう。
中司さんや快君……雨の魔物の存在が消え去った今、二人がどうなってしまったのか。
本当に、オレの選択は正しかったのだろうかって考えていて。
このままじゃいけない。
何より切り捨てた選択肢のことを思うと、心が痛かった。
だからこそ、オレは話すことにする。
いや、話さないといけないんだ。
まどかちゃんに、嫌な思いをさせるかもしれない。
でも、知ってもらうことに意味があると信じて。
「まどかちゃんさ、オレが一人でまどかちゃんの所にやってきた時、変に思ったよね?」
「快さんと、由魅さんのこと?」
まどかちゃんはオレの言葉を受けて、すぐにそう答えた。
きっと、ずっと気になっていたに違いない。
何も言わないオレを、ただ気遣ってくれてたんだろう。
「その。どうしていなかったかってことなんだけど……」
「あの怪物の、犠牲になったから?」
まどかちゃんは、オレが言うのを遮るかのように、そう呟く。
つらいことは、独りで背負い込んじゃだめだよ、そう言っているようにも聞こえた。
しかし、オレは首を横に振る。
「それが……最初は良く分からなかったんだ。二人が黒陽石の力に操られてしまったのは分かったんだけど、犠牲になったところを実際に見たわけじゃなかったから。……でも、あの時、雨の魔物と戦った時、聞こえたんだ。雨の魔物の咆哮に混じった、たくさんの人の悲鳴を、二人の……声を」
物見やぐらで雨の魔物を見た時には既に、何となく分かっていたことのはずだった。
しかし、オレはそれがどうしても信じられなくて、否定して、逃げてしまった。
それが失敗だったとも気付かずに。
「だからさ、オレはそれを知った時、いったん引いて探そうと思ったんだ。二人が助かる方法をね。可能性はゼロじゃないはずだった。そう信じたかった。……でも、結局オレは探すことをしなかった」
「それはわたしが、逃げようとしなかったから?」
オレは再び、今度ははっきりと首を振る。
「ううん、違うよ。実はあの時のオレ自身が、もうまともに逃げられる状態じゃなかったんだ。力不足って、やつさ。いや、違うな、本当に言いたいのはそうじゃない。オレはね、その時、切り捨てたんだよ。自分本位に、ね。何が何でもそこから逃げて、二人を助ける方法を探す選択肢だってあったはずなのに、自分がいいほうを選んでしまった。……勝手に、黒陽石の犠牲になった彼らが悪いんだって。黒陽石の力に乗っ取られてるとはいえ、オレは殺されそうになった、裏切られたんだ、オレは悪くない。悪いのは向こうなんだから、倒すのも正当防衛だって。戦う時、そんなこと考えてた。だから、だからっ……二人は雨の魔物の犠牲になったんじゃない。オレに、見殺しにされたようなものなんだよ!」
オレは吐き出すように自分を曝け出した。
それがオレの心の奥底にあった、一つの真実。
それは、万年の雪に抱かれた、下層の大地のように……醜く汚い。
結局の所、オレは二人の命と、自分の身の可愛さを天秤にかけたのだ。
二人の命を救うことよりもまず、自分が死にたくなかったんだと思う。
そして、前以上に、重い沈黙が場を支配した。
オレがそのまま黙していると。
今度はまどかちゃんが、悲しみが混じりながらも、はっきりとした口調で語りだした。
「わたし……ここに来る前、家に残るか、おじいさまについていくかで、結構悩んだんだ」
それは、一見違う話題のようだった。
それでも、重い沈黙のままよりはいいので、オレは相槌を打って続きを促す。
「それでね、結局わたしはおじいさまについていくほうを選んだの。おじいさまが好きだったし、おじいさまの研究を、近くで応援したかったから」
まどかちゃんの言葉で、三輪さんのことを思い出す。
きっと彼にとって、まどかちゃんは大きな支えだったのだろう。
まどかちゃんがそうであったように。
「でも、それは今思えば間違いだったと気付いたんだ。わたしが下手に応援して、煽って。おじいさまに対する過剰な期待をして、おじいさまに無理をさせちゃったの」
それは違うと言おうとしたが、まどかちゃんの言葉は止まらない。
「だから、だから全部わたしのせいなの。わたしがいなければ、おじいさまも無理をして、黒陽石に手を出すことなかった。快さんも、由魅さんも、他のたくさんの人達も、犠牲にならずにすんだかもしれないのっ。それに、雄太さんだって、こんなに辛い思いをすることもなかった!」
まどかゃんは叫ぶ。
まるでさっきのオレの気持ちごと、鏡で映したかのように。
見ていて、堪らなかった。
「それは違うっ!」
オレは勢い込んで言葉を返した。立ち上がった勢いでゴンドラが揺れる。
訳の分からない、熱いもやもやに急かされて、言葉を続けた。
「オレの思いは、オレの判断で起きたことだ! オレが、オレ自身が生きたかったから! まどかちゃんと生きたいと願って選んだんだっ!」
「ど、どうしてわたし、なんかっ」
「好きだから! ……会ったときからこれは運命だと思った。最初に地形が変わったときだって、掴んだのは君だった。オレはオレ自身で、オレの意思でこの選択を選んだんだっ!」
初めはその事に対して沈んでいたのに、今は、ただその事を訴えていた。
結局の所、オレは全てにおいて、まどかちゃんを、オレの中にある大切な人を優先したんだと思う。
「雄太さん……わたし、やっぱり悪い子だよ。そんな風に思っちゃいけないって思ってるのに、雄太さんにそう言われて、こんなにも嬉しいんだから」
まどかちゃんは、微笑んでいた。
でもその瞳は、涙で溢れていて……。
その表情は、抑えきれない哀しみを、何とかぎりぎり保っているかのような。
無理して笑っていようとする、そんな笑顔だった。
オレは見ていられなくなって、まどかちゃんに顔を隠すようにそっと抱きしめる。
これなら相手を気遣って、繕うこともない。
きっと、オレも同じような顔をしているはずだ。
そんな二人の空気の中で。
オレは、自分自身にも言い聞かせるように呟く。
「オレ達が、していいのは、選ばなかった選択肢を悔やむことじゃない。選んだ選択肢を、選ばれなかった分まで、大切にしていくことだと思うんだ」
今更都合のいいことだけど、気付いたのはそのこと。
オレが全ての心の内を曝け出し、まどかちゃんがそれに応えてくれた事で、初めて分かった事だ。
三輪さんは、ただまどかちゃんの事だけを心配していた。
ただ、まどかちゃんが無事でいるのを望んでいたんだ。
「……そう、だよね。わたし、雄太さんに選んでもらったんだよね」
確かに、オレはまどかちゃんを選んだ。
好き、という言葉に乗せて。
作品名:サーキュレイト〜二人の空気の中で〜第二十七話 作家名:御幣川幣