33粒のやまぶどう (短編物語集)
しかしだ、単一フォントだけではこの世は面白くもないし、情緒もない。
それなのに、俺はなぜこんな世界に紛れ込んでしまったのだろうか?
朝起きてから何か普段と変わったことをしてしまったのだろうか?
順を追って振り返ってみると、するとどうだろうか、一つだけあった。それは電車に乗るため、いつも右から二つ目の改札を通る。しかし今日は、そこがトラブっていた。そのため一番左端の改札を通り抜けた。
「そうだ、わかったぞ! あの左端の改札は、明朝体ワールドへの入口だったのだ」
こう気付いた大樹、謎が一応解けホッとする。しかれども事態は深刻だ。
このまま観音さまに二人の幸せな結婚をお願いしてしまえば、現在の延長で、一生涯明朝体のフォントだけしか存在しない世界で生きて行かざるを得なくなる。ちょっとこれはまずいことに。あーあ、どうしようか?
ヨシ! 今すぐ節子を連れて、左端の改札を反対向けに抜け、元の世界へと逆戻りしよう。
こう決断した大樹は節子の手を取り、電車に乗り、入口、いや出口となる、その改札を走り抜けたのだった。
作品名:33粒のやまぶどう (短編物語集) 作家名:鮎風 遊