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33粒のやまぶどう  (短編物語集)

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 何かが変だと思っていた大樹(だいき)、雷門の大提灯を見上げたまま固まってしまった。
「節子(せつこ)、これって、いつもと違うよな」
 久々に休暇が取れ、婚約者の節子と浅草へと出掛けて来た。結婚を3ヶ月後に控え、幸せな家庭が築いて行けるようにと、浅草寺(せんそうじ)の本尊・観世音菩薩さまに祈願しに来たのだ。

 だが、大樹は雷門の前で突然立ち止まってしまった。
「提灯は、何も変わってないわよ」と、節子が不思議そうに大樹の顔を覗き込む。
「よーく見てごらん。文字がいつもの提灯書体ではなく、これって、多分……、明朝体(みんちょうたい)だよな」
 大樹は首を傾げ、赤提灯に『雷門』と書かれた黒文字を指さす。しかし、節子は別段驚く風でもなく、小さな声でささめく。
「あら、大樹、今さら何言ってるの。私たちは明朝体ワールドにいるのよ」
「えっ、明朝体ワールドって……?」
 大樹はきょとんとし、そこへ節子が言ってのけるのだ。

「だって、ゴシック体世界は堅過ぎるでしょ、それに行書体ワールドは柔過ぎよね。明朝体ワールドが一番居心地が良いのよ」
「えっ、アサクサで、ドサクサに、明朝体ワールドって?」
 大樹は思わずオヤジギャグ含みで聞き直したが、すでに節子は明朝体ワールドにゾッコン状態。よく理解できないが、そうなのかも知れない。