33粒のやまぶどう (短編物語集)
夜はいつも通りに明け、月曜日の朝を迎える。
朝8時、名古屋駅新幹線ホームは黒っぽいスーツで身を固めたサラリーマンたちでごった返している。そんな中に、五十路(いそじ)を越えた、人生も佳境であろう一人の女性がのぞみを待っている。そして目を走らせる向かいのホームに男がいる。それは紛れもなく夫だ。
ビジネス戦線への出陣なのか、ピリリと身が引き締まっている。だが、その勇姿とは不釣り合いだが、キャリーバッグの上に紙袋が置かれてある。
夕べ、駅前のホテルで妻から渡された肉じゃがなどが詰まったタッパーが入っている。
妻の由美子は京女、そして夫、貴志は東京生まれ。今年銀婚式を迎えるこの夫婦、典型的な東男に京女だ。
貴志は今大阪に単身赴任中。役職にも就き、まことに忙しい。そのためそうそう家族が暮らす東京へとは帰れない。一方由美子は子育て真っ最中であり、猫の手も借りたい。
こんな二人が時々、東京と大阪の中間点である名古屋で会う。仕事や日々の暮らしの煩わしさを忘れ、二人だけの時を過ごす。そして月曜日の朝、西と東にそれぞれが帰って行く。
「あなた身体に気を付けてね」
由美子が貴志に向かって口をパクパクと動かした。当然貴志はそれが読み取れる。「ああ、そっちもね」と声を発せず答えた。
そして由美子は「じゃあーね」と小さく手を振り、あとは無表情で、8時03分発ののぞみ106号に乗って行った。
たったそれだけのことだ。
作品名:33粒のやまぶどう (短編物語集) 作家名:鮎風 遊