33粒のやまぶどう (短編物語集)
「おーい、浩二じゃないか、久し振りじゃないか!」
「おっ、直樹、直樹だよな! おまえ、元気でやってたか?」
思わずこんな言葉を掛け合ったわけですが、懐かしくもあり、すぐに近くの喫茶店へと入りました。
そしていきなり「発見できたのか?」と質問を飛ばしたものですから、浩二はブルブルッと身震いし、こう答えたのです。
「ああ、ツチノコのことだろ、あれはちょっとね。その後はカッパを追いかけて、発見まではなかなか至らなかったんだよなあ」
浩二の歯切れは悪かったです。しかし、その割には目がどぎつく輝いていたのです。
私は浩二のことはよく知ってます。
だいたいこいつは新たな未確認生物、その標的をセットし直すと、目をキラキラと、いやギラギラとさせるヤツだと。
「それで、今は何を追っかけてんだよ?」
私は気を利かして訊いてやりました。
絶対浩二は喋りたかったのでしょうね。それから堰を切ったように、奇々怪々なことを、というか、ちょっと滑稽な話しを始めたのです。
「直樹、よーく聞いてくれよ。まだ確認されてないんだけど、確かにいるんだよなあ、猫が」
「猫? 猫ってニャオを鳴く猫だろ。そんなのそこら中にいるじゃん。それともイリオモテヤマネコでも?」
私がわけがわからず聞き返すと、浩二はもったい付けて小声で囁くのです。
「そんなのじゃないよ。それは――パンダ猫だよ」
「パンダ猫?」
私は意外で、大声を発してしまいました。すると浩二がシーッと人差し指を口にあて、「色は匂へど散りぬるを 我が世誰ぞ常ならむ 有為の奥山今日越えて 浅き夢みじ酔ひもせず」と、なぜいろはにほへとなのかわかりませんが、とにかく諸行無常をひとくさり風流っぽく唱えて、それからですよ、浩二の講釈が始まったのは。
作品名:33粒のやまぶどう (短編物語集) 作家名:鮎風 遊