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33粒のやまぶどう  (短編物語集)

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 曜変天目と冠する茶碗、この世に三つしかない。覗き込めば、漆黒の地に大小の斑文が散らばり、見る角度により藍から虹色へとメタリックに輝きを変化させる。それはまるで、小さな器の中に大宇宙を閉じ込めたようなもの。

 老い行く父は、いろいろな釉薬を使い、焼き温度を変え、無限であろう試行錯誤を繰り返した。思いは、星々をたった10センチの茶碗の底に煌めかせたい、そのためだけに。
 こんなロマンを追い続けた父、だが夢は叶わなかった。

 それでも父は──それは絶望への道だったかも知れない。だからと言って、後悔しているかと言うと、そうでもない。むしろ達成できなかった自分が愛おしい──と私に告げた。
 茶碗を手に取ってみると、確かに漆黒の地にくすんだ斑文がある。決して美しいとは言えない。しかし見る角度を変えると、微かな輝きがある。

「祐輔、その茶碗で、一服の茶を点ててあげる」
 母が涙ながらに言った。逆らう理由はなく、私は「うん」と答えた。
 母は茶道の免状を持っている。喪服のままでも、姿勢も、茶筅で撹拌する手付きも父とは違う。茶を点て、私の前へと茶碗を置く。そして一礼し、凜然と。
「男の絶望を、飲み干してやってください」

 いつも優しく微笑む母、これほどまでに毅然とした面持ちの母を見たことがない。息子である以上に、父と同じ一人の男として対峙しなければならない。私は深く一礼し、茶碗を持ち上げた。そして父が、お前にはこの茶碗での一気飲みが似合ってるようだと評した通り、ぐいっと呷った。
 底を見ると、斑文が見て取れる。それらはまさしく宇宙のくすしき光のように輝いている。
 人生という長い旅路、私も絶望の淵に落ちることがあるだろう。その時は、この茶碗で一服の茶をたしなめ! 父はそう伝えたかったのかも知れない。