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サーキュレイト〜二人の空気の中で〜第二十四話

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 すると、オレが今までいた所の白塗りの地面が、爆弾でも落ちたかのように吹き飛んだ。
 オレは今にもこっちに駆け寄ってきそうなまどかちゃんを見て、気合を入れてすぐさま起き上がり、こっちから近付いていった。
 
 筋肉や骨がびしびしと軋むが、構っていられない。


 「雄太さん、だいじょぶっ?」

 まどかちゃんは、同じ言葉を繰り返した。
 自分が何も出来ないことへの悔しさが、その言葉に滲んでいる。

 しかしそれでも、まどかちゃんの言葉はオレを奮い立たすのには十分だった。
 以前のオレだったら、一度反動が来たらすぐバタンキューだったんだけどな。
 我ながら成長してるってことなのか、それとも単純なのか。

 オレは苦笑して、まどかちゃんに言った。

 ……決意を込めて。


 「まどかちゃん、どうあっても一人で先に行くつもりはないんだな?」
 「当たり前だよっ! そんなの、そんなの、絶対いやだもん!」

 強い口調で、まどかちゃんは言い放つ。
 オレは笑みを和らげた。
 
 それじゃあ、やるしかないな。
 最後のとっておき……『皇醒眉』を。


 
           ※     ※     ※


 とっておき、とは言ってもオレは今までそれを使ったことはない。
 生けとし生けるものの中に眠る未知の力を解放する『皇醒眉(オオサビ)』。
 オレは、それを使役する資格を途中で放棄してしまっている。

 ……死ぬかもしれないな。
 オレは漠然とそう感じた。
 そして、輪永拳を教わってから一度たりとも切ったことのない漆黒のミサンガに手をかける。

 これを切れば、きっと全てが終わるだろう。
 これを切ると、心に決めただけで、大気がざわめいた。
 さっきまで、危険だと騒いでいた脳も、すっかり大人しくなっていき。
 空気が熱を帯び、あたりに風が捲いていく……。


 と、その時だった。
 さっと駆けてきたまどかちゃんの、小さな手のひらが、オレの手首を掴んだ。


 「まどかちゃん?」
 「雄太……さんっ、駄目……だめだよっ!」

 まどかちゃんは、そう言って、両手の力を強める。
 まさか、気付かれた?
 
 オレがミサンガを切る事によって起こりうることを、知っているのだろうか?
 オレはまどかちゃんに、そのことを一度だって言った覚えはないから、何となく気付いたのかもしれない。
 オレが、命を賭けようとしているってことを。

 女の勘ってやつかな。
 これじゃあ、嘘もつけないな。オレは再び苦笑してしまった。
 まどかちゃんの小さな、柔らかくつめたい手は、震えている。
 それは、寒さでとではなく、絶対に放さない、と言う意味で渾身の力を込めているんだろう。
 
 だとしても、その力は簡単に解けてしまいそうなほど弱い。
 ただ、まどかちゃんは必死だった。
 その手を解くのは容易かったけれど、そんな無粋な真似はしたくなかった。

 一目ぼれして、好きになった女の子に、こんなにも気持ちを込めて手を握ってもらっているんだ。
 それを解くなんて、愚かの極みじゃないか。
 
 オレは、負けました、とばかりにほうっと息をついて、もう一方の手で彼女の手を包んだ。

 そうしていると、ふっといろんなことが思い浮かんだ。


 『護るものがあるならば、選択することをためらってはいかんぞ』

 じいちゃんの言葉。

 そして、まどかちゃんと初めて会った、夢のこと。



 「……止めてくれてありがとう。このまま自分を諦める所だったよ。どうにかしてた、オレ」
 「雄太、さん」

 まどかちゃんは、オレの言葉を受けて安心したように、手を緩める。
 離すことはしなかったけれど。


 「……まだ、諦めなくてもいい方法があったんだ」

 そしてオレは、まどかちゃんに言う。

 「でもそれには、まどかちゃんの力が必要なんだ。オレと、その方法を、試してみないか?」
 「うんっ、わたし、やるよっ」

 まどかちゃんは、迷い一つなく、むしろ嬉しそうに頷く。

 そして、オレたちは、再び雨の魔物の前に立った。

 二つの願いは一つしか叶わない。

 そんな瞬間が、オレにもやってきたんだと、自覚しながら……。

 
         (第25話につづく)