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サーキュレイト〜二人の空気の中で〜第二十三話

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 ……と、そんな時だ。
 足元から来る、微かな振動音と、どこからともなく流れるメロディ。

 それは、メリーゴーランドが動き出したことを証明する音だった。

 
 「わわっ、動いてるよ。どうして?」
 「本当だ」

 まどかちゃんは、馬車の降り口から顔を出して、辺りを見回す。
 その向こうには、雨に煙る外の景色が、ゆっくりとスクロールしていた。
 今度は何が起きたのか、そう言う緊張半分と、その神秘さに生命を吹き込んだような場の空気の変化に、オレはそう言ったきり、ただ外を見ていることしかできなかった。


 そして、メリーゴーランドの動きが完全に軌道に乗ると、イルミネーションが光の強さを増していく。
 どこからともなく流れ出るメロディは、光に花を添えるかのように幻想的な雰囲気を作り出していて……。


 それを聴きながら、ふと思い浮かんだのは。
 看板の、『三つのサーキュレイトに導かれし者のみ、光を指し示す』という言葉。


 「もしかして、看板の意味……三つのサーキュレイトのうちの一つは、このメリーゴーランドのことじゃ」
 「え、えと。さ、サーキュレイトって、なに?」

 まどかちゃんは首を傾げてそう尋ねてくる。
 オレはすぐに解説を始めた。


 「サーキュレイト。円環のこと、または円形、環状をなす物体のことさ。普通は送風機の事を言うらしいけど……って、待てよ?」

 そこでオレは気付いた。
 おそらく、ここを出るために一番重要なことを。


 「あのさ、まどかちゃん。まどかちゃんの名前って、漢字でどう書くの?」
 「え? えっと、普段はひらがななんだけど、もし漢字を使うとしたらって、おじいさまに教えてもらったのは、『円』という字だよ」

 そう言ってまどかちゃんは手のひらに、その字を書いてみせる。
 それでオレは確信した。

 「やっぱりそうか。三つのサーキュレイトの中には、まどかちゃん自身も含まれていたんだ。だからきっと、このメリーゴーランドも動き出したんだよ!」

 オレの声色は明るかっただろう。
 答えを掴んだ……そんな実感がオレを包む。

 
 「そうだ、あと他に何かおじいさんに言われたこととかない?」

 後一押しだ。
 幸い、最後のサーキュレイトにも、目星はついている。


 「言われたこと。あ、そうそう、これだよっ。この巻物、これはわたしに必要なものだから、絶対手放しちゃいけないって」

 まどかちゃんはそう言って得意げに、巻物を掲げてみせる。


 「それ、ちょっと見せてもらってもいいかな?」
 「うんっ、どうぞ」

 オレはそれを受け取ると、さっそく巻物を紐解いてみた。
 ずっと雨の中に野ざらしになっていたせいか、ただ開くだけでも中々に苦労したけど。


 「見てくれっ、まどかちゃん。地図と赤い線が……浮き出てるっ」
 「あ、ほんとだ」
 
 おそらく、雨に濡れたことで、元々何も書かれていなかったそれに変化が起きたのだろう。
 思いがけない発見に、さらに気分が高揚してくる。
 オレは、まどかちゃんとともにそれを慎重に広げ終えると、改めて地図を見てみた。

 その赤い線は、まるで浮かび上がるかのように、複雑な白壁の道を伝っていた。


 「雄太さん、凄いよっ、わたしこんな風になるの、全然知らなかった!」

 まどかちゃんは、巻物の劇的な変化に、感動の声をあげる。

 「い、いやあ、それほどでもあるけどね」

 雨に濡れたおかげでの結果であり、オレが凄いわけじゃないんだけど、ここは言わぬが花ということにしておこう。


 「これと、今いる場所を照らし合わせれば」
 「あれ?」

 オレは得意げにそう言ってまどかちゃんを見るが、何故かまどかちゃんは外のほうを覗き込んでいた。

 「どうかした?」
 「あ、あの。このかぼちゃの馬車、メリーゴーランドから抜け出ちゃってるみたいなんだけど」
 「えっ?」

 オレもまどかちゃんに倣って外に顔を出すと、確かに馬車は動き、飛び出していた。
 後ろを見ると、メリーゴーランドの他の乗り物や馬たちもついてきており、
 遠くに、空になったメリーゴーランドの台座と屋根が取り残されているのが見える。
 実際には馬はその足で走っているわけではなく、河を進む船のように、それらは動いていた。

 オレはそれを見届けてから、改めて地図を見てみることにする。
 そして納得した。


 「なるほど、ここから赤い線を辿って進めってことか。これなら目的地まで、楽して行けそうだ」

 オレは頷き、作り物の馬車のたずなを取る。
 馬車を動かすなんて初めてのことだったけど、それは思いのほかうまくいった。


 「目的地。それってどこですか?」
 「うん、最後の……三つ目のサーキュレイト。観覧車、『フィリーズ・ホイール』の所さ」

 遊園地でサーキュレイト的? なものって言えば、メリーゴーランドとか観覧車のことだろう。
 コーヒーカップとかもしれないけど、なんか最後のって感じしないし、何よりそれはもう乗っちゃってるし。
 
 だから、オレはまどかちゃんに、確信を持ってそう告げるのだった……。


   
            ※     ※     ※


 
 その音が聞こえたのは、いつぐらいだっただろうか。
 いよいよ、観覧車……『フィリーズ・ホイール』のある広場へと、入ってきた時からかもしれない。

 このままで終わるとは思っていなかったが、まるで待ち伏せでもしていたかのように、そいつは現れた。
 巨大な動くモノが地響きを立てて、こちらに向かってくる音。
 だんだん大きくなってくる。

 オレを含めた、数多の人間を恐怖の闇に引きずりこんだ、全ての元凶。
 その音が、このメリーゴーランドの馬たちを引き連れた馬車に突っ込んで来るという、確信に満ちた予感がして。


 「……っ!」

 どうこう言う前に、オレは馬車からまどかちゃんを抱えて飛び出していた。
 
 「っ、ゆ、雄太さん?」

 急なことに、驚いて声をあげるまどかちゃん。
 それに答える余裕も無く、オレはまどかちゃんを庇いながら地面に転がった。


 それから一拍遅れて、車と車が正面衝突したような衝撃音が木霊する。
 すかさずそちらを見ると、ゆうに3メートル以上はあるだろう赤黒い物体が、今まで乗っていたかぼちゃの馬車を押しつぶしていた。

 後ろからやってきていた作り物の馬たちは、止まることも出来ずに、その上に突っ込んで折り重なっていく。


 「い、今の?」

 オレに抱えられたまま、まどかちゃんは誰にでもなく呟く。

 「あれがここの番人。雨の魔物……なんだ」

 オレは油断無く、メリーゴーランドの残骸に半分埋もれた雨の魔物を見据え、そう言った。

 
 「あんなのが、ここに?」

 まどかちゃんの声は震えていて、それがオレにも伝わってくる。
 無理もない、きっと今までは三輪さんの力で会わずに済んでいたんだろうし、視界に入ってくる理不尽な圧力を伴った恐怖に逆らえるはずもないのだ。
 人は、見ちゃいけないと思ったものほど見ずにいられないってことが、良く分かる。


 「ヴァオオオオオン!」