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タイタニック気付 ジャック

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1 身投げ



(1)

後ろ手に
フェンス握って
体を斜めに
宙にかざして

航路にできる
白いうねりを
食い入るように
見つめてる

それでなくても
常軌を逸した
初対面の
女性に向かって

「飛び込むなんて
君には無理」

最善の策
だったかどうか
そう言った

「口出ししないで!
余計なお世話!
偉そうに!」

理由はどうあれ
今にも命を
絶とうかという
瀬戸際で

赤の他人の
言葉のトゲに
振り向きざま
その負けん気なら
大したもんだ

死ぬなんて
勿体ない

君みたいに
打てば響く
賢い娘が
こんなところで
死ぬべきじゃない

心の中じゃ
まちがいなく
そう思ったけど

尋常じゃない
この土壇場で
尋常じゃない
娘相手に

正攻法の
説教なんか
何の効き目が
あるもんか

「飛び込みたいなら
僕も一緒に
飛び込んでやる

乗りかかった舟
ほっとけない」

言うより先に
上着を脱いで
編上げの
重い靴まで
脱ぎ捨てながら

ウィスコンシンの
僕の田舎の湖の
真冬の話を
してやった

水っていうのは
冷たすぎると
痛いんだって
脅してやった

世間話を
してるあいだに
ほとぼりが
冷めてくれれば
御の字だったし

そうじゃなくても
絶対死なせて
なるもんかって
心じゃ勝手に
決めてたけど

そう思えば
思うほど

どうしても
飛び込みたいなら
そのときは
道連れぐらい
なってやる

不思議とそれも
本心だった

狂気の沙汰じゃ
負けてないけど
 
何でだか
ほっとけなかった

赤いドレスの
外見からは
両家の娘は
まちがいないし

高慢ちきな
その物言いは
人をカチンと
させるけど

理屈なんか
どうでもよくて
とにかく君の
味方になって
やりたかった

ついでに
言うなら

夕方デッキで
見かけた女性が
あまりに沈んで
悲しげで

赤の他人の
遠目にも
気の毒すぎて
焼きついて

そしたらそれが
目の前の
君だったんだ

おいそれと
見殺しにできる
縁じゃない


(2)

水の痛さに
怖気づいたか

見知らぬ男の
突拍子もない
申し出が
逆療法に
なってくれたか

やおら君は

「バカみたい」
「変な人」と

自分のことは
ものの見事に
棚に上げて

差し出した
僕の手に
おずおずと
右手を
重ねてくれたっけ

お言葉だけど
お嬢さん

“バカみたいで変な人”が
君と僕の
どっちなんだか

この状況なら
誰が見たって
一目瞭然
なんじゃないかな?

大西洋の
ど真ん中で

世紀の
豪華客船の
処女航海の
真夜中に

人一人
通りもしない
船尾のはずれの
甲板で

フェンスを挟んで
僕は必死で
君の手握って
背中抱えて

「ジャック・ドーソン」

ともかく
名乗った

あれほど
生きた心地もしない
スリル溢れる
自己紹介は

したくったって
そうそう
できるもんじゃない
光栄だった

「ローズ・デウィット・
ブケーター」

名乗った君の
淡いブルーの
大きな瞳が

近過ぎるほど
近くにあった