ゆきの谷
それと気づき、源は入口付近に視線を走らせたが、涙でぼやけてよく見えなかった。山元と並んで先に入って来た人物は、やせた背の高い男のようだった。
その姿を確認した田所は血の気を失い、蒼白になってなおも痙攣に震える顔を持ち上げるように再び立ち上がり、声にならない枯れた叫びを発した。
緊迫したその田所の声に促されるように必死に目を凝らして見る源には、オレンジ色の夕陽に反射した男の右手の親指が、人差し指を忙しく撫でている様がぼんやりと見て取れた。
「あの癖は…」
そのすぐ後ろを歩く白っぽい女性の影は、子どもをおぶっているようだった。そして女性は、寝ているらしい背中の子どもに頬を寄せ、やさしく、…やさしく声をかけた。
「ほら、もう着いたよ。起きなさい。お・き・な・さ・ー・い」
ゆきの谷 ─完─