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サーキュレイト〜二人の空気の中で〜第二十二話

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 カートは、敷地に戻ったことで、力尽きるみたいに動かなくなった。
 
 「……」

 なんとなく、だけど。
 現状のこの結果は、三輪さんが助けてくれたんじゃないか、なんて思っていた。
 オレは、その事に感謝を忘れず、あてがありそうでない歩を進める。


 ここに来てから、どれくらいの時が経ったのかが、もう曖昧だった。
 太陽は昇り沈みを繰り返しているのを数えるのにも、億劫で。
 そして、それがいいことなのか悪いことなのかは分からないが、道中誰にも会うことも無く。


 (お腹、減ったな)

 水は、そこかしこにある噴水で何とかなっているが、空腹感は消えそうにない。
 しかしそれでも、オレ自身の足が鈍ることは無かった。
 普通はどこかしらガタがきてもおかしくないはずなのだが……。

 それはちょっとした違和感だった。
 オレの感覚が飛んでしまっているのか、それとも。


 (これじゃあ、まるで……)

 まるでの先を紡ごうとして、何を考えていたのかを忘れてしまう。
 そんなことを繰り返しながら先の見えない歩みを進めていると、オレの鼻先にぽつりと当たるものがあった。

 「雨だ」

 空を見上げると、空はいつの間にか昏く厚い雲で覆われていて。
 すぐにオレを叩く雨の数が数え切れなくなってくる。

 「うわっ」

 オレは、雨宿りできる場所を探して走った。
 とりあえず迷路から出て広いところに行けば、何か雨宿りできる場所があるかもしれない。

 
 そして。

 そう思ってやがて走り出た広場には。
 夢で見た情景と全くといっていいほど同じ世界が広がっていた……。




 どしゃ降りの中、オレは立ち尽くす。
 『メリーゴーランド・レイト』が、どこからともなく聞こえる鐘の音とともに、輝いている。

 馬車を引いた色とりどりの馬たちは、涙を浮かべながら煌くイルミネーションの中を佇んでいた。
 それは、まるで星の海の一団のよう。


 そして。
 そんな煌びやかな場所には決して届かないと知らされてしまったような。
 うつろな視線を漂わせて、まどかちゃんが立っている。


 まどかちゃんの白銀色の髪は、雨とイルミネーションの交錯によって虹色に輝き、すごく綺麗だった。


 (良かった、ちゃんと会えた)

 オレは彼女を見ただけで嬉しくて、涙ぐむのを抑えられなかった。
 これが偶然なのか、奇跡なのか、たまたまなのか、運命なのか。
 本当は何でも良いのかもしれない。
 ただ、自分の考えを信じて行動して、報われたことが、嬉しかった。


 今度こそ、ちゃんと助けないと。
 オレはその美しさにみとれて動こうとしない身体を叱咤し、まどかちゃんに近付く。

 ふと、足元を見ると、いつもまどかちゃんが大事そうに持っていた、巻物が転がっていた。
 オレはそれを拾い上げ、泥を払い、まどかちゃんの視線を遮るように、まどかちゃんの真向かいに立った。


 「今度こそ、助けに来たよ、まどかちゃん。それから、これ、大事なものなんだろ?」

 そうすればまどかちゃんが応えてくれるって、確信にも似た気持ちがそこにあって。


 オレがそう言うと、だんだんとうつろだった瞳に生気が戻っていく。

 
 「あ、あれ? ここは……くしゅん」

 そしてすぐに、可愛らしいくしゃみをした。

 「まずいな、結構濡れちゃってる。とりあえず、タオルがあるから、これで拭いてくれ」

 オレはもう随分と年季の入ってしまった感のあるリュックから新しいタオルを取り出して、手渡す。

 
 「あ、雄太さん。わたし、いったい……くしゅっ」

 結構冷えているらしく、くしゃみが止まらないようだった。

 「いいから、とにかく雨宿りをしよう。メリーゴーランドの馬車の中なら大丈夫だろうから……っ」

 と、まどかちゃんの手を有無を言わせず引いていこうとして思わず固まってしまう。
 いや、雨の中、こんな薄着で立ってたんだから、当然と言えば当然なんだけど。

 きっとこの三輪ランドの女性従業員用の制服なのだろう生成り色のドレスは、見事に透けてしまっていた。

 オレは何とか平静を装いつつ、自分の着ていた黒のジャンパーをかけてあげた。


 「雄太さん、どうかしたの?」
 「い、いや、何でもないって」

 気付いていないのかな?
 それとも気にしてないのか? いや、まさか。

 オレは何とか元通りの笑顔をまどかちゃんに向けると、かぼちゃの馬車の中に乗り込んだのだった……。



         ※      ※      ※



 それからオレは……動かない馬車の中で、一休みをしつつ。
 何が起きたのか分からない様子のまどかちゃんのために、今まであったことを話した。


 雨の魔物のこと、黒陽石のこと、三輪ランドのこと。
 まどかちゃんのおじいさんの残した言葉たち。
 そして、快君や中司さんのことを話そうと思ったんだけど、何故かそれはなかなか口から出てこなかった。

 何も知らないまどかちゃんに、そんな話をするのは気が引けた、というのも確かにある。
 でも、その一番の理由は、オレが二人のことを諦めていなかったからだろう。
 
 まだどこかで、無事でいるかもしれないのだ。
 だから敢えて話すことはないって思い込んでいて、当然のその本人たちがいないのだから
気になっているのは間違いないのだろうけど、まどかちゃんも気を使ってか、それを訊いてくることはなかった。


 それでも。
 おじいさんの残した言葉と、ここであったことに相当ショックを受けたらしく、まどかちゃんは俯いて沈んでいた。

 悲しみの染まる表情は辛いものだったけど。
 それは、いつかは知らなくちゃいけないことだ。
 それに、何もなくなってしまったかのような、あの虚ろな表情よりはずっといい。


 オレがそんなことを考えていると、まどかちゃんはぽつりと言った。


 「わたし、何年ここから出てないのかな」
 「え? 分からないの?」
 「うん。ここから出られないのは、知ってたけど。でも、意識が飛んで知らないうちに違うところにいたりして、時間の感覚が、曖昧なの。ねえ、雄太さん、わたしは、一体どれくらいの時間を、失くしちゃったのかな。おじいさまや、みんながたいへんな目に遭っているのも知らないで」

 それはもうほとんど涙声だった。
 自分だけ何も知らずにいたことが、悔しいんだろう。
 何となくだけど、オレにはそれが分かってしまった。

 三輪さん……まどかちゃんのおじいさんが、まどかちゃんを危険から回避させるために取った方法。
 それでまどかちゃんが、悲しんで傷つくのは分かっていたはずだ。
 でも、三輪さんはたとえ恨まれてもまどかちゃんだけは守りたかったんだと思う。

 しかし、それは所詮、姑息な手段にすぎない。
 危険の根本が、無くなるわけではないからだ。

 これからは、そんな三輪さんの願いを、オレが叶えなくてはいけない。
 責任は重大だった。


 「失くした時間……か」

 どんな言葉をもってしても、それを取り戻すことは出来ない。
 でも、伝えたいことがあるのに、何も言わないのは駄目だと思った。