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さくら

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ふと、仕事机の上に何かが乗っている。近づきながらわかった。
桜の花。
一輪の桜の花が 枝から離れた形のままボクの原稿用紙の上に乗っている。
もう桜?
ボクの部屋からは、気付かなかった。
季節は……もう春。

幾度かこの季節をキミと過ごしてきたのに 桜をいっしょに見たことってあったかなぁ。
ボクは、キミと居ると季節を感じることができる。狂い掛ける時の移ろいを正常に戻してくれる。こんなことにもキミがいてくれることを嬉しく思うのに、キミにとってボクは役に立っているかい?

「おぉーい、何処にゃん」
キミに聞かれたら恥ずかしい言葉も 今なら言える。言えばこの落ち込んだ気分をかえられるかもしれないと思った。
「にゃん」
その声。後ろからボクの背中が温かくなった。ボクの腰に巻きついた腕は キミだ。
その手を直ぐにでも掴みたい。いや、もう少しキミに抱きついていて欲しい。
また何処かに行かないように その腕に視線を落とした。
「桜の花 ありがとう」
背中にこつんとあたったのは、キミが頷いたからだね。
「千切っちゃった?」
背中に横にすりすり感じるのは 違うってことかな。
「きっと 小鳥が啄ばんで落としてしまったんだね」
背中にぎゅっと押し当てられたままなのは わかんないってことかも。
「桜の花、いっぱい咲いてた?」
また背中にこつんとあたった。キミが頷いた。
「見に行こうか」
「にゃん」
腰に腕を回したまま ボクの前に回ってきた。
キミと目が合ったのに 瞬時にボクの視線は頭へと動いた。キミの髪に気持ち良さそうに乗っかっている花弁一枚。なんだか妬けるな…
「ついてる」
「にゃ?」
キミが 見上げた。ボクは、その花弁を指先で摘まむと キミの眼の前に見せた。
「あーん」
「にゃお。ねえ猫って桜食べるの?」
「さあ?」
「食べる?」
「ボクは 食べないよ」
キミは、頬をやや膨らまし両目をウインクさせて ぷふっと拗ねた。そしてボクから離れるとキッチンのカウンターの上に置かれた包みを持ってきた。
「はい、あーん」
「あーんってねぇ」
「手も汚れちゃう。誰も見てないからさ。はい、あーん」
誰が見ていようと見ていなくても、何度やっても恥ずかしいんだ。だけど、時が戻る。キミとの楽しいことがいっぱい… 毎回増えていって いっぱいいっぱい思い出す。
「美味しいかにゃん?」
ボクの鼻先には 桜の葉の香り。口には甘く餡子の舌触りと塩漬けの葉のしょっぱさが広がった。桜餅だ。

桜餅には 地方によって違いがあることを知ったが、ボクにとっての桜餅は、薄紅色の米を潰したような道明寺粉のほうが親しんでいる。

「うん、おいしい」何度も頷いては言葉にする。そのほうがキミは嬉しい顔をしてくれる。
まったく、キミはなんでも「にゃん」で済ませるのに。ま、いっか 嫌じゃない。
「葉っぱ食べちゃうの?」
「だって そのまま口に入れたのは…」
キミが その残りを齧ってる。
「…やっぱり取る…」
葉を取った桜餅を ひと口ずつ食べた。

「桜を見に行こうよ」
「じゃあ これはあとで食べにゃん」

キミの手作りの桜餅の上に 原稿用紙に置かれた桜の花を乗せた。
芽生えたときが違う桜の花と葉がひとつに並ぶ。たぶん出会いもそうなんじゃないかな。

暖かな陽射しの中へ ボクはキミと手を繋いで出かけよう。
帰ってきたら 桜餅食べようね。お似合いのお茶を買ってみようよ。
キミの卓袱台に薄紅色の桜餅を残して 桜花が舞う街へキミと出かけよう。
ただそれだけなのに……。


     ― 了 ―
作品名:さくら 作家名:甜茶