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さくら

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季節は…… 今どの辺りなのだろう。
冬を過ぎたように思えば、上着の一枚も羽織りたくなる。窓から眺める風景に さほどの変化は見られないけれど、きっと何かが変わっているんだろうな。
喉に少し乾いた空気を感じ 二、三度咳払いをしては 冷めてしまった… (あれ?) 珍しく仕事の机の上に紅茶を入れたマグカップを置いていたのだけれど 覗き見てカラとわかった。 

ボクの仕事は、季節を先取りしたものや季節を問わないことがほとんどだ。
この頃やっと脳裏に浮かべる言葉と視覚に感じる景色のずれにも慣れてきた。
新規の依頼に意欲的とは言えないが 映像を思い浮かべて原稿用紙に向かうボクが居る。

めったに紅茶は飲まないボクの机の上にあった紅茶、しかもピーチ…桃の香りの紅茶だ。
いつだったかボクの背中の後ろ… 来るとちょこんと座っている場所… フローリングの床の敷物の上… そこに置かれた卓袱台(ちゃぶだい)でキミが「頭に栄養 とってもええよぉにゃん」と試験のためだったかな、勉強をしているときに飲んでいた。甘い匂い。
たぶんボクは、それがティーバッグの茶葉が広がるのを待っていましょうと云うものならば ペットボトルの水でも構わなかったのだろう。おひとりさまの個装包装された粉末をカップに入れて お湯を注ぐだけでいいのがありがたい。思考の苦しさに甘さが優しい。
あ、この雰囲気を言葉にいただいてしまおう。

先日、キミとの約束で出かけたキミの友人との謝恩会は楽しかった。
まだ寒さの残る日だったね。キミは通信教育講座だったけれど、卒業式は本校で合同卒業式が行われた。その後に待ち合わせをして店に行った。キミと同年くらいの若い女子ばかりと思っていたのに 歳を重ねても 再度学びたいとしている人がいるんだと感心した。  

ボクは、ひと区切りついたところで 飲み物を取りにマグカップを持って立ち上がった。
そんな時、玄関の鍵が開く音がした。キミが来たのかな……。
ボクは、足音を立てないようにしながら 足早にキッチンのシンクの前にしゃがみこんだ。
気付くかな。早く入ってこないかな。おどかしてみようかな。

足音がリビングにやってきた。
もう少しの我慢だ。ボクの仕事机のところまで行ったぞ。
いつものところに座ったら 後ろからそぉっと… 目隠しして『だぁれだ』なんてことしてみようかな。
キミの軽やかな足音に ボクの気持ちが同調しながら追いかける。
足音がリビングから遠ざかる。
あれ?どうしたのかな。(ここにいるよぉ)
玄関の扉が閉まる音に ボクは慌ててキッチンから飛び出し 玄関へと向かった。
キミの姿はない。靴もない。
玄関の扉を勢いよく開けて 裸足で飛び出し通路を見回した。キミの姿はない。
溜息を深くつくと 肩まで脱力した。肩よりも低く頭は垂れ、口はだらしなく歪んだ。
待っていたよといわんばかりにリビングの真ん中で キミを待っていればよかった。
悔いの玉が形作っては キミのいない空間で弾けて欠片ばかりが部屋に散らばっていくようだ。
作品名:さくら 作家名:甜茶