夢ではない冒険
箪笥があった。
箪笥の一番下の引き出しを開けてみたら、なかにビー玉や綺麗な色紙や竹とんぼが入っていて、それは自分の中の何かをほんわかさせた。ビー玉は色んな種類のものがあったが、どれも透き通っていて、明かりに照らされて、キラキラときらめいていた。
俺はその内の赤い玉を自分のポケットに入れた。
窓を開けると、外から生ぬるい、やや湿気を帯びた風が吹いてきた。俺はベランダにあった外履きを履いて、そのまま外に出てみた。ベランダの柵に足を乗っけて(それは少し勢いと腕力がいった)そのままジャンプして向こう側に飛び降りた。
目の前にある茂みは、左右に力を入れたら簡単に開き、俺はそこで初めて外の光景を見た。
大きな公園だった。そこには誰もおらず、ただ、月の光が中央部分を照らしていた。俺はその光の当たってる部分には足を踏み入れないように、遠巻きに奥に進んだ。奥には砂場があり、そこには何か絵のようなものが描いてあった。
「マワレ」
俺はその砂場の周りをくるくる回ってみると、その周りの樹木が少しずつ伸びていった。まるで自分を取り囲んでいるような、もしくは自分の分身が沢山生えてきているような、そんな感じだった。俺は何周か回った後、自分が広い公園にいるのではなく、すっかり深い森の中に入ってしまっている事に気づいた。
俺は「マワレ」と書いてある砂場を掘ってみると、ざっと言う音と共に砂が中心に飲まれていった。その砂のあった場所には深い穴があり、梯子がついていた。俺は周りをきょろきょろと見回してから、その梯子に足をつけ、一歩一歩奥まで降りていった。
ずうっと下まで降りていった後、眼前に広がるのは地下通路だった。案外綺麗な蛍光灯が、淡い光を放っていった。ちょろちょろと川が流れていて、奥の方から何か音が聞こえた。耳を澄ませてみたが、それが何の音かはわからなかった。
俺はとりあえず音のする奥へと歩いていった。歩くたびにコツーン、コツーンと音がして、何もない空間でのその唯一の音はむしろ俺を安心させた。
どれくらい歩いただろうか。地下通路の先には、部屋があった。畳とちゃぶ台があった。古い柱時計もあった。靴を脱いで俺はそこに入ってみると、「ようこそ」と中にいた少年が言った。
「よくここまで来たね。」と言った。
俺は何となしにちゃぶ台の側に座った。少年はこぎれいな今風の恰好をしていた。赤い髪をしていて、太く、たくましい眉を生やしていた。
「ビー玉、持ってるでしょ?」と彼は聞いてきたので、「あるよ」と答えた。
「それ、頂戴よ」と聞いてきたので、俺は「駄目だよ」と答えた。別に必要では無かったが、何となくあげたくないものだったのだ。
「そっか。んじゃあいいよ」
俺はここはどこなんだい?と聞いた。
ここは「奥の奥の中間地点」だよ、と彼は答えた。風来のシレンとか、そういう所あっただろ?ダンジョンとダンジョンの、中間の休憩場所。君は色んな道を分け行って、ここにたどり着いたんだよ。
「いや、俺はただ、公園に来ただけだけど」と言うと「そうじゃない。君は、沢山の方法を使ってここまで来たんだ」と答える。
「お茶飲むかい?」と彼が言った。いつの間にか、ちゃぶ台には湯飲みが乗っかっていた。少々熱くなりすぎていたので、俺は慎重に湯飲みを持ち、すすった。喉の奥まで、熱い刺激が流れ込んできた。
「お兄ちゃんは、とりあえずここにいる。あらゆる方法を持って、そのたびに自分の一部を欠損させながら、ひとまずはこの休息場所まで来たんだ。それは良くやった、と褒められるべき事だよ。お兄ちゃんはやりきったんだ。」
んじゃあ、ここで終わりなのかい?
「ところがそうはならない。赤いビー玉があるじゃない。それをぼくに渡せば話は終わりだった。お兄ちゃんはクリアをして、何も感じなくていい、全てが安らぎのゴールまでたどり着けたんだ。そういう終わり方もあった。でも、まだ渡さないんだろ?じゃあ、お兄ちゃんは終わらない。まだまだ、あらゆる道が待っている。」
俺はふと、自分の胸が苦しい事に気づいた。肋骨のと肺と心臓の間に、黒い、苦いものがへばりついているような感触だ。話してみようかな。話してみよう。「実は、俺は胸がすごく今、苦しいんだ」
「そうだろうね」
「これは取り外せないものだろうか?」
「お兄ちゃんは今、そのへばりついているもののせいで苦しんでる。よくわかるよ。取り外せたら楽ちんだよね。でも、それはぼくがやる事じゃない。ぼくが出来るのは、魔法をかけて、それを少しだけ薄めることだけなんだ。お兄ちゃんは、それをいつか、自分の手で引き抜いてみせる事が出来る。今はその粘着力が強すぎて出来ないんだ。それに、お兄ちゃんは口に手を入れる事がまだ怖くて出来ないんだろう?」
そりゃあ、口の中に手を入れたら、体が引き裂かれてしまうかも知れない。
「口の中で、体が引き裂かれる恐怖に打ち勝って、そして『たまたま』体が引き裂かれずに奥まで手を入れられたら、お兄ちゃんのそれは外す事が出来るよ。でも、それはまだみたいだね。赤いビー玉があるだろ?もうちょいそれを持っていると良いよ。その内、それはお兄ちゃんの力になる。赤ってのは良い色だよ。血の色にも見えるかも知れないけれども、もっとも純粋な輝きを持った色なんだ。ぼくの髪は、それにあやかっているんだ」
その啓示は、俺にとって救いなのかそうでないのかわからなかった。俺は、少しこの地下の中の不思議な空間にいる事に、居心地の悪さを感じ始めていた。
「そりゃあ、『一時的にいる』場所だからね。ここは。ぼくがここにいるのはぼくがそういう役割を持ったからだよ。誰だって、中間地点にずっと居る事なんて出来ない。ぼくだってお役目が終わったらもっと上に、どこまでも青い空が広がる空間に行くんだ。戻るんだ。でも、お兄ちゃんはぼくを連れてってくれる役割じゃないみたい。ここは、まだぼくを救ってくれる場所ではなく、お兄ちゃんを救ってくれる場所なんだな」
ここを出よう、と思った。すると、部屋の隅に扉があるのに気づいた。「あ、靴は持っていきなよ。忘れないように」と赤い髪の少年は言った。 扉のノブを回して開こうとしたら、固くて上手く開かない。俺は彼の方を向いた。すると、彼はいたずらっぽい笑顔を見せながら、
「そりゃあ、お兄ちゃん、次に行くんだから。力は必要だよ。もっとね、グッ!て引かなきゃ。でもね、グッ!て引いたら気をつけなね。下手をすると飛ばされちゃうからね」
そんなものか、と俺は言った。「まあね、そんなもんだよ」
そして、俺はこのドアノブをひねり、錆びたドアをアドバイス通りグッ!と引いてみると、扉は一気に開き、そこから「ありとあらゆるもの」が飛び込んできた。
匂いも、色も、形も、悪意も、やさしさも、愛も、憎しみも全てが流れ込んできた。
俺は仰天した。そんな沢山のものが流れてくるものなのか?しかし、何とか足を踏ん張って耐えた。風圧が、自分の髪を後ろ後ろへと引いていく。
遠くから少年の声が聞こえた。
箪笥の一番下の引き出しを開けてみたら、なかにビー玉や綺麗な色紙や竹とんぼが入っていて、それは自分の中の何かをほんわかさせた。ビー玉は色んな種類のものがあったが、どれも透き通っていて、明かりに照らされて、キラキラときらめいていた。
俺はその内の赤い玉を自分のポケットに入れた。
窓を開けると、外から生ぬるい、やや湿気を帯びた風が吹いてきた。俺はベランダにあった外履きを履いて、そのまま外に出てみた。ベランダの柵に足を乗っけて(それは少し勢いと腕力がいった)そのままジャンプして向こう側に飛び降りた。
目の前にある茂みは、左右に力を入れたら簡単に開き、俺はそこで初めて外の光景を見た。
大きな公園だった。そこには誰もおらず、ただ、月の光が中央部分を照らしていた。俺はその光の当たってる部分には足を踏み入れないように、遠巻きに奥に進んだ。奥には砂場があり、そこには何か絵のようなものが描いてあった。
「マワレ」
俺はその砂場の周りをくるくる回ってみると、その周りの樹木が少しずつ伸びていった。まるで自分を取り囲んでいるような、もしくは自分の分身が沢山生えてきているような、そんな感じだった。俺は何周か回った後、自分が広い公園にいるのではなく、すっかり深い森の中に入ってしまっている事に気づいた。
俺は「マワレ」と書いてある砂場を掘ってみると、ざっと言う音と共に砂が中心に飲まれていった。その砂のあった場所には深い穴があり、梯子がついていた。俺は周りをきょろきょろと見回してから、その梯子に足をつけ、一歩一歩奥まで降りていった。
ずうっと下まで降りていった後、眼前に広がるのは地下通路だった。案外綺麗な蛍光灯が、淡い光を放っていった。ちょろちょろと川が流れていて、奥の方から何か音が聞こえた。耳を澄ませてみたが、それが何の音かはわからなかった。
俺はとりあえず音のする奥へと歩いていった。歩くたびにコツーン、コツーンと音がして、何もない空間でのその唯一の音はむしろ俺を安心させた。
どれくらい歩いただろうか。地下通路の先には、部屋があった。畳とちゃぶ台があった。古い柱時計もあった。靴を脱いで俺はそこに入ってみると、「ようこそ」と中にいた少年が言った。
「よくここまで来たね。」と言った。
俺は何となしにちゃぶ台の側に座った。少年はこぎれいな今風の恰好をしていた。赤い髪をしていて、太く、たくましい眉を生やしていた。
「ビー玉、持ってるでしょ?」と彼は聞いてきたので、「あるよ」と答えた。
「それ、頂戴よ」と聞いてきたので、俺は「駄目だよ」と答えた。別に必要では無かったが、何となくあげたくないものだったのだ。
「そっか。んじゃあいいよ」
俺はここはどこなんだい?と聞いた。
ここは「奥の奥の中間地点」だよ、と彼は答えた。風来のシレンとか、そういう所あっただろ?ダンジョンとダンジョンの、中間の休憩場所。君は色んな道を分け行って、ここにたどり着いたんだよ。
「いや、俺はただ、公園に来ただけだけど」と言うと「そうじゃない。君は、沢山の方法を使ってここまで来たんだ」と答える。
「お茶飲むかい?」と彼が言った。いつの間にか、ちゃぶ台には湯飲みが乗っかっていた。少々熱くなりすぎていたので、俺は慎重に湯飲みを持ち、すすった。喉の奥まで、熱い刺激が流れ込んできた。
「お兄ちゃんは、とりあえずここにいる。あらゆる方法を持って、そのたびに自分の一部を欠損させながら、ひとまずはこの休息場所まで来たんだ。それは良くやった、と褒められるべき事だよ。お兄ちゃんはやりきったんだ。」
んじゃあ、ここで終わりなのかい?
「ところがそうはならない。赤いビー玉があるじゃない。それをぼくに渡せば話は終わりだった。お兄ちゃんはクリアをして、何も感じなくていい、全てが安らぎのゴールまでたどり着けたんだ。そういう終わり方もあった。でも、まだ渡さないんだろ?じゃあ、お兄ちゃんは終わらない。まだまだ、あらゆる道が待っている。」
俺はふと、自分の胸が苦しい事に気づいた。肋骨のと肺と心臓の間に、黒い、苦いものがへばりついているような感触だ。話してみようかな。話してみよう。「実は、俺は胸がすごく今、苦しいんだ」
「そうだろうね」
「これは取り外せないものだろうか?」
「お兄ちゃんは今、そのへばりついているもののせいで苦しんでる。よくわかるよ。取り外せたら楽ちんだよね。でも、それはぼくがやる事じゃない。ぼくが出来るのは、魔法をかけて、それを少しだけ薄めることだけなんだ。お兄ちゃんは、それをいつか、自分の手で引き抜いてみせる事が出来る。今はその粘着力が強すぎて出来ないんだ。それに、お兄ちゃんは口に手を入れる事がまだ怖くて出来ないんだろう?」
そりゃあ、口の中に手を入れたら、体が引き裂かれてしまうかも知れない。
「口の中で、体が引き裂かれる恐怖に打ち勝って、そして『たまたま』体が引き裂かれずに奥まで手を入れられたら、お兄ちゃんのそれは外す事が出来るよ。でも、それはまだみたいだね。赤いビー玉があるだろ?もうちょいそれを持っていると良いよ。その内、それはお兄ちゃんの力になる。赤ってのは良い色だよ。血の色にも見えるかも知れないけれども、もっとも純粋な輝きを持った色なんだ。ぼくの髪は、それにあやかっているんだ」
その啓示は、俺にとって救いなのかそうでないのかわからなかった。俺は、少しこの地下の中の不思議な空間にいる事に、居心地の悪さを感じ始めていた。
「そりゃあ、『一時的にいる』場所だからね。ここは。ぼくがここにいるのはぼくがそういう役割を持ったからだよ。誰だって、中間地点にずっと居る事なんて出来ない。ぼくだってお役目が終わったらもっと上に、どこまでも青い空が広がる空間に行くんだ。戻るんだ。でも、お兄ちゃんはぼくを連れてってくれる役割じゃないみたい。ここは、まだぼくを救ってくれる場所ではなく、お兄ちゃんを救ってくれる場所なんだな」
ここを出よう、と思った。すると、部屋の隅に扉があるのに気づいた。「あ、靴は持っていきなよ。忘れないように」と赤い髪の少年は言った。 扉のノブを回して開こうとしたら、固くて上手く開かない。俺は彼の方を向いた。すると、彼はいたずらっぽい笑顔を見せながら、
「そりゃあ、お兄ちゃん、次に行くんだから。力は必要だよ。もっとね、グッ!て引かなきゃ。でもね、グッ!て引いたら気をつけなね。下手をすると飛ばされちゃうからね」
そんなものか、と俺は言った。「まあね、そんなもんだよ」
そして、俺はこのドアノブをひねり、錆びたドアをアドバイス通りグッ!と引いてみると、扉は一気に開き、そこから「ありとあらゆるもの」が飛び込んできた。
匂いも、色も、形も、悪意も、やさしさも、愛も、憎しみも全てが流れ込んできた。
俺は仰天した。そんな沢山のものが流れてくるものなのか?しかし、何とか足を踏ん張って耐えた。風圧が、自分の髪を後ろ後ろへと引いていく。
遠くから少年の声が聞こえた。