サーキュレイト〜二人の空気の中で〜第二十一話
近付いてきたオレに気付いたのだろう。
風に乗って届いてくる小さな声。
オレは無意識のままに何度かハンドルの黒いボタンを叩いた。
するとコースターは、聞き分けのいい犬のようにゆっくりと止まる。
「大丈夫か! しっかりしろ!」
三輪さんの話を聞いていなかったとしても。
このまま見捨てるのは、いくら罪人でも気が引けた。
オレは蹲って表情の見えない男の一人に近付き、声をかける。
「ありがとう」
抱き起こしたさえない青年は、オレを見て嬉しそうに笑って。
「……ほんとにありがてえよ!」
「なっ?」
いつの間にか背後に回っていた、もう一人の下卑た声。
がつんと後頭部に、何か硬いもの……それは黒陽石の塊だった……の衝撃。
一瞬。
自分の迂闊さと不甲斐なさに、意識が飛ぶ。
「バッカじゃねーの! 魔物のエサになって死ねよ!」
オレは起き上がろうとし、思わず力を解放しそうになって躊躇する。
そいてその判断がまずかった。
そんな見下げ果てたさえない男の声とともに、ふかすエンジン音。
やっとの事で顔を上げれば、オレのコースターを奪って逃走していくのが見えて。
後には、とても走れそうには見えないタイヤの外れてしまったカートと、オレだけが残される。
そこに、タイミングを計ったかのように雨の魔物の足音だ。
できすぎの結末に、オレは思わず笑ってしまった。
「……仕方ない。覚悟を決めるか」
自分のやったことに後悔なんてしたくなかった。
故に起きてしまった事は忘れ、やってくるだろう雨の魔物に備えて、手のひらをミサンガに添える。
その姿を目に入れるか否やの先手必勝。
果たしてそれでいけるかどうか。
オレはすっと腰を低く落としこんで……。
「な、なんだこれは?」
やってきたものを見て、思わず脱力してしまった。
それは、カートだった。
しかも凝った事に、座席の後ろにスピーカーを乗せている。
象の足音のような重低音を響かせている。
「あれ? それじゃあ雨の魔物は……」
どこに行ったんだろう?
そう呟こうとして。
「……っ!」
微かに聞こえてきたのは、誰かの悲鳴。
「ま、まさかっ」
どこかに先回りでもする道があった?
確証はないが、それは先行した者たちの悲鳴な気がして。
騙された方が助かるなんて、皮肉にしてもできすぎている。
オレはお誂え向きにやってきたカートに乗り込み、コースを走ったけど。
ぐるりと一周して再び三輪ランドの敷地に復帰するまで、誰にも会わなかった。
凄惨な現場の後もなく、雨の魔物の姿もない。
ただ、それほど遠くはないどこかで、魂握りつぶすような雨の魔物の咆哮が聞こえていて……。
(第22話につづく)
作品名:サーキュレイト〜二人の空気の中で〜第二十一話 作家名:御幣川幣