サーキュレイト〜二人の空気の中で〜第二十一話
今まで歩んできた道程に、メリーゴーランドの姿はなかった。
ただ、三輪ランドへやってきた時、その入り口でメリーゴーランドの位置はだいたい把握していた。
無意識にか意識的にか、もれなく周れるように時計回りに進んでいたから。
変わらず進めばいい。
メリーゴーランドの位置は、時計で言えば三時付近。
それは当然、メリーゴーランドが移動していないという前提ではあったが。
オレのそんな予測は、悪い方が当たってしまった。
オレの目前にあるのは、記憶通り歩いていれば見ることはないだろう、一度通過した『リバース・ロマンティ』と呼ばれるジェットコースターだった。
(どうせなら……)
不幸中の幸いと言うか、それで思い出したことがある。
三輪さんは出る方法が一つだけあると、まどかちゃんのためにあると、そう言った。
来園者を取り込み食らう三輪ランドに一つだけ。
それは裏を返せば、その一つが何らかの形で使えなくなってしまえば、ここを一生出られない、ということでもある。
ぞっとしない思いだったが、オレは自分の身を持って知っておきたかった。
本当にそれ以外に出る方法はないのかと。
それを確認するために、この場所は最適だった。
三輪ランドのアトラクションの中で唯一、敷地の外にはみ出しているものだからだ。
しばらく待機していると、無人のジェットコースターがオレの前にやってくる。
オレはそれには乗らず、レールづてにそれを追いかける形を取った。
するとすぐに前方からもう一つのジェットコースターが近付いてくる。
オレの前を進むジェットコースターは、僅かに減速しただけで。
対面するコースターは、急ブレーキをかけて逆走、横道に逸れる。
それを確認すると、オレはそのまま真っ直ぐ進んで待機。
すると、目論見通りスイッチバックして戻ってきたジェットコースターがオレの前を通過して。
そのタイミングで、オレは横道に入ってゆく。
進む位置にだんだんとせりあがってゆくレール。
そのうちに雲梯のようになり、空に続くような様相を呈した頃。
レールは内側に折れ曲がり、唐突に終わりを告げた。
その先はない。
もしオレが高所恐怖症であったら震え上がっているところだろう。
安全と言う観点を全く無視しているようにも見えるアトラクションである。
まかり間違ってジェットコースターが少しでも余計に進んでいたらコースターごとまっさかさまだろう。
オレはそんな事を考えつつ、おそるおそる下を覗き込んでみる。
「あれ?」
しかし、レールの真下は、それほどの高さがあるわけではなかった。
外壁一枚ぶん、といったところだろうか。
なるほどとちょっと思う。
ここは元々山のてっぺんだから、遠巻きを見ればそりゃ高さを感じるだろうと。
「さて、どうするか」
降りようと思えば、出ようと思えば出れそうな、そんな気はする。
戻る時も、少々骨は折れるが力を使えば何とかなるだろう。
元より一人で脱出するつもりはなかった。
ただ、本当に出られないのか確認したかっただけだったのだが。
森茂る地面に目を向けた、その瞬間だ。
まるでそれを待っていたかのように激しい揺れが起こる。
またあの動く白い壁だろうか。
今まで幾度となくオレたちを翻弄してきたそれに、思わず身構えたオレであったが。
「あれは……」
白い壁の突き上げるような衝撃はやってこない。
代わりに見えたのは、鬱蒼と茂る森の合間に突然出現した赤白の壁だった。
それは、外界を隔てるようにして、壁伝いに覆うようにして生えてきている。
つまり出ようとすれば敷地が広がる、だから出られない。
そう言うことなのだろうかと思ったが。
止んだはずの地響きがまた起こる。
それははるか向こう、赤白壁が外壁にそって折れ曲がる辺りからだ。
一体どこにそんなものがあったのか。
遊園地のアトラクションで言うならゴーカートと呼ぶべき乗り物にのって、こちらに爆走してくる黒服たちの姿があった。
その数5台。
抜きつ抜かれつ、激しくぶつかり合い競い合いながら、壁の上にいるオレになど目も繰らず通り過ぎる。
「なるほど、赤いのはコース上によくあるあれか」
妙にしっくりして、納得した、その瞬間。
ドカッ!
「うわぁっ!」
後ろから何か大きなものに体当たりされるような感触。
弾き飛ばされ、壁の下……コース上に落とされる。
「いちちち」
オレの背中を押し、一緒に落ちてきたのは、コースターの二人席一つぶんだった。
何故か右側の席にハンドルがついている。
そう言えばさっき見たゴーカートも、こんな四角い形をしていたような気がする。
ようは、それがゴーカートの代わりなのだろう。
デタラメで滅茶苦茶な理論だけど、なんとなくオレはそう思って。
そこに山があるから、じゃないけれど。
せっかくだから乗ってみようと思ってしまったのがそもそもの間違いだったのかもしれない。
「え?」
座席についたところで、後ろからさらに地響き。
ずじん、ずしんと、なにか重いものが物凄いスピードで駆けるような音。
グオオオオオーンッ!
雨の魔物がそこにいた。
潜在的な恐怖に駆られ、アクセルを踏み込む。
「……って、アクセルなんてないじゃんか!」
当然、ブレーキもない。
ひどく焦る。
代わりに何かないかと探してみると、ハンドルの真ん中に黒いボタン。
考えるより早く、手が勝手に押し込んでしまう。
するとエンジンのかかる、息を吹き返したような手ごたえ。
着実に雨の魔物が背後に近付くのを感じる中、コースターのカートは、予想以上のスピードで爆走した。
それは、時々夢に見る、免許を取る前から見ていた、車を運転する夢に似ていた。
別に、雨の中のキラキラした夢とは違い、特別だと思えるものじゃなく。
結構誰もが当たり前に見るだろう夢だ。
運転できないはずなのに、何故かコーナリングがうまくいく。
ほれぼれずるハンドルさばきで。
前方行く車に追いすがる。
リアリティがないのに、どこかリアルで。
現実で運転するようになっても、逆にそれは夢なんじゃないかって、よく運転できてるよなって思うようになって。
油断だか慢心だか分からないけど、オレはカーブを曲がりきれず外へ投げ出されるのだ。
それからの夢の展開は様々だった。
何とか下方に見えるコースに復帰することもあるし、ジ・エンドを自覚して目が醒めることもある。
あるいは、車を捨てて自分自身の力で飛んでいたりと、様々だった。
果てして今回はどうか。
外側を囲む壁が高い以上、曲がりきれずぶつかることはあっても、外に飛び出してしまうことはないと思われたが……。
「あ……」
そこは、S字クランクだった。
一台の……黒服二人が乗っていた車が、曲がりきれなかったのか事故って横転している。
黒服二人は身体を痛めたのか、うずくまって倒れていて。
「た、たすけっ」
作品名:サーキュレイト〜二人の空気の中で〜第二十一話 作家名:御幣川幣