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色の名前で三題噺(C) 三題噺で10のお題様 始めてみます

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2) 黄 確認 鼻





 目を覚ましたら、枕元に黄色い箱があった。

 包装紙はなくて、贈り物であることを示しているのはかけられたピンクのシフォンリボンだけ。淡い黄色とピンクの組み合わせは中々趣味がいいとは思うけれど、何故ここにこれがあるかが分からない。
 寝ぼけ眼で咄嗟に確認した窓の鍵はしっかりかかっていた。
 一人暮らしの女の部屋だ。施錠だけはしっかりするに決まっている。昨夜だってちゃんと鍵をかけた記憶がある。
 冷たいクレセント錠の感触まで思い出して、琴葉は指先を擦った。
 現在時刻は六時半。
 合鍵を持っているのは大家さんと田舎の両親だけ。そして田舎の両親が上京するなどという話は聞いていないし、年老いた両親は来たとしてもこんな朝っぱらからとか無理だろう。

「……ちょっと待て、じゃあこれは何?」

 寝ぼけた頭に浮かぶのは、何これ怖い、の一言だ。
 思わずまじまじと箱を見てしまう。
 琴葉の趣味に合った、色は可愛いけれどもシンプルな包装。中身は見えなくて、サイズは掌に乗るくらい。
 何だこれ。
 得体が知れなさ過ぎる。

 ふっと脳裏をよぎったのは、先日ニュースに上った、ストーカーに殺害された一人暮らしの女子大生の話だった。

 いつの間にか部屋に侵入されていて、帰宅直後に刃物で……とか何とか。
 ぞっと怖気が走った。もしかして、自分もその脅威に晒されているのではないか……、なんて、

「いやいやいや、ないない」

 思わず入れた自分突っ込みも空回り気味だ。
 本当になにこれ怖い。
 寝ている女の部屋に入って箱を枕元においていくとかサンタもびっくりだ。
 大体そんな状況なら、眠っている間にいくらでも悪さは出来たし殺す事だって出来たのだから、今呑気に悩んでいる訳がないじゃないか。冷静な部分が推論をこねくり回すけれど、怖いものは怖い。
 気が付けば柱の影に知らない人がいそうで、琴葉はごくりと唾を飲み込んだ。
 心臓がどきどきと嫌な鼓動を打っている。
 くまなく室内を見回して無人である事を確認してみるけれど、落ち着かない。
 恐る恐る手元の箱に視線を落とす。
 差出人も中身も不明の小さな箱。
 震える手で箱を持ち上げたら、重心がずれたのか、中身がことりと揺れた音をたてた。
 どうやら入っているのは硬い物らしい。

 爆発物とかじゃ、ないよね?

 箱の大きさからして違うはずだと無理矢理自身を納得させつつ、そっとリボンの一端を引っ張る。しゅるりと音を立てて、リボンは軽やかに解けた。
 あと開けるのは、箱の蓋だけ。
 それさえ開ければ中身が分かる。

 緊張が訳もなく喉まで競りあがってきた。
 神様仏様お父さんお母さんお姉ちゃん、誰でもいいから誰か助けて!
 叫びだしたいような逃げ出したいような衝動を堪えるのは、もはや意地だ。怖いものというのは見ないで済ませた方が絶対怖い。こういうのは偏に確認あるのみだと、琴葉だって世間一般のことわりくらい分かっている。
 それでも指先が震えるのはどうしようもない。
 つめの先が冷たい。一度握りこんで、力をこめる。
 それから、ごくり、とつばを飲み込んで。
 恐る恐る、箱の中を覗き込む―――

「はぁ?」

 ―――と、中に小さく納まっていたのは、ハートの形も愛らしい香水の小瓶だった。

 見た瞬間、頓狂な声が出たくらい、意外な品物だった。だってまさかそんな、ありふれた無害そうな代物が入っているなんて思わなかった。

 え、何これ、毒? 毒なの?!

 香水瓶と認めたにもかかわらず、何故だか浮かんだのはそんな言葉で。うわあ私混乱してる。そんな感想が浮かぶくらいには自分の現状も分かっているのに、拍子抜けしたせいで発想が斜め上から戻ってこれない。
 おかげさまで投げ捨ててうっかり中身をぶちまけるという愚行に出ずにすんだけれど、だからといって手の内の小瓶をどうすればいいかも分からない。
 無意味にきょろきょろと辺りに視線を走らせてはみても、当然誰かの助けは期待できないし、妙案が浮かぶ訳でもないわけで。
 うわあどうしようどうしようと、琴葉は小瓶を握り締めたまま動けなくなる。
 硝子の感触がやけに冷たくて硬く、禍々しい。
 見れば瓶の首のところには、指先程度の小さなカードがくくりつけてある模様。
 書かれている文字は、約束の品。

 何だ、約束って。
 本格的に怖い……!

 心当たりも浮かばず、更に混乱する意識。
 約束とやらを思い出そうと頭を必死でフル回転ならぬフル空回りさせる間も、かちこちかちこち、時刻だけが過ぎていく。

 現在時刻は七時五分。
 いまだ暖かさを残す布団の中とは違い、こなれた寝巻きとシーツが、薄暗い部屋の中、12月の朝の空気に晒されてひやりと冷たい。
 白んだ空の下、ちゅんちゅん、とすずめの声だけがやけに平和だ。

「琴葉ー、起きたー? Bonjour?」

 そんな彼女の一種のこう着状態を破ったのは、呑気な女性の声だった。ボンジュール、の仏語発音が妙に滑らかだ。

「……姉さん……?」

 琴葉は大きく息を吐いて、がっくりと肩を落とした。
 ドアから顔を覗かせた女性は、まごうことなく年の離れた琴葉の姉だった。血のなせる業か、琴葉と似た容姿によく似た声をしている。

「いつ帰国したの」
「昨日ー。大家さんに入れてもらっちゃったー」

 びっくりした?、と笑う顔が憎らしい。脱力したまま睨みつけると、彼女は悪びれもせず肩をすくめた後、琴葉の手にある小瓶を指差した。

「それ土産だから。約束どおりちゃんと使ってよね」
「約束?」

 反射のように聞き返すと、彼女は小さく苦笑した。

「忘れた? 八年は前の話だもんねぇ」

 八年前。いやもっと前?
 ぱちくりと、瞬きを一つ。

「あー……」

 思いをめぐらせただけで、記憶の紐は琴葉が思ったよりもすんなり解かれた。
 八年よりもっと前、十年には満たないくらい昔の、家を出る姉の背中を思い出す。調香師になってくる。彼女は確かにそういって、心配で泣きそうになっていた琴葉に向けて、どこか照れくさそうに笑ったのだ。

 一番最初の香水はあんたにあげるわ、琴葉。約束するから、泣くんじゃないわよ、と。

 手の内の小瓶を琴葉はまじまじと見つめる。
 八年以上前の約束の、賜物。
 そう思えば、あれほど硬質で冷たかった瓶が何だか温かみを帯びている気がするから不思議だ。

「成就、おめでと」

 小さな声でことほげば、姉は琴葉から僅かに視線をそらして、流石にle nez(鼻)の称号は取れなかったけどね、とはにかんだ。

 それはあの時と同じ、どこか照れくさそうな笑顔だった。