私の読む「源氏物語」ー86-手習3-3
「その話は、やっぱり、不思議であると、私の考えた女の事に似ていることは似ている。さてその人はまだ生きているのであろうか」
「あの横川の僧都が女一宮の祈祷で山を下りられた日に、その人を授戒して尼になされたそうです。その人は大変な大病を患っていましたが、周囲の人が惜しんで尼にしなかったのを、本人が出家になりたい強い意志があることを僧都に告げたので、受戒に応じたと、人はいっています」
と言う。僧都の話と言うのは場所も変らず同じ宇治であり、また、浮舟の入水したと言う、その頃の事情などを薫が考え合わせると、浮舟とは違う人物とは思えないので、真実に、その女をそれ浮舟であると、さがし出したならば、驚き呆れる気がするであろう。何としてまあ、確実に聞く事が出来るであろうか、私のような身分の者が自分でわざわざ手を下してさがし廻るような事も、愚かしく頑なな奴などとでも、他人が言うであろうか。また、あの匂宮も、浮舟は存命していると聞きつけたならば、その場合には昔のことを思い出して、浮舟が考えた末に決めた菩提の道を、きっと妨げるであろう。浮舟存命などの事を既に承知なので、匂宮は、浮舟存命の事を薫には言うなよ、など明石中宮からすでに聞いておれば、明石中宮は、自分に、そんな浮舟存命の噂を、かつて人から聞いたと、世にも稀な事柄を聞いておきながら、自分に仰せなさらないのであったであろうか。明石中宮も浮舟の事に関係なさるのでは、問題がむつかしくなるから、しみじみと浮舟が可愛いと、私は考えながらも、あのまま、浮舟は死んでしまったものであると、改めて無理に考え諦めて、私は断念してしまおう。浮舟が死ななくて、今は現実に存在する人となっているので、いずれはその所在もわかるであろうから今から後には、浮舟と来世の事だけを、自然話し合う風の吹き紛れなども、きっとあろう。浮舟を自分の物と取り返してみようとする気持は、またと起す意志はないなど、薫は思い悩んで参内しても明石中宮は、申しあげても、やっぱり、浮舟の事を仰せなさらないであろうかと、自然に思われるけれども、明石中宮の心持が知りたいから、薫は何とか事を作って参内して明石中宮に逢う。
「驚く程どうしょうもなく呆れたような状況で、死んでしまったと、私が思っていました女、浮舟が、現にこの世に、零落して存命しているように、私に教えてくれた人がいました。そのような事があるはずがないと私は思いますが、自分の心から、その女が、大袈裟に入水などしてまで私から離れて行く事はないと、私が常々見ておりました気の弱いその女の性格ですから、人が語った噂では、物怪などの唆しで入水などの情け無いことをしたでもあろうかと、それが、浮舟には似合わしく私はそう思いました」
と言って、もう少し詳しく話を進めた。匂宮のことを薫は、匂宮と浮舟の関係や、匂宮の煩悶の事も承知なので余り言うのは悪いと思ってか、詳しくは言わないが然しながら、恨んでいるようには申さなく、
「浮舟の事を、今になつてまた、薫がその浮舟を捜し出したと、匂宮が聞きつけなされたならば、私が、感心しない見苦しい好色にも、きっと考えなされるに相違ない。更に、浮舟がそんな零落した状態で、存命しているのであったとも知らない顔でいましょう」
「かつて僧都の語った時に、大変恐ろしい夜のことで私は憶えていません。と言っていたので、だから匂宮はどうして知ることがありましょうか。お前には、匂宮がかつて浮舟に通った事は御身に申そうとしても、申しあげようもないのであった、怪しからぬ匂宮の料簡であるなあ」と思って、只今承りますから。そしていま浮舟の存命を聞きつけるならば、それこそ、以前にも増して私は大層心苦しい事であろう。
このような女関係の方に関して、身分も弁えず、大層軽々しく行動して、情け無い者としてばかり、世間に知られようになってしまったと言う評判であるから、私は気持が重い」
明石中宮は慎重な御気性であるから、きっと、気の置けないうち解けた世間話でも、人が内々に申しあげたようなことは、必ず漏らしなされる事はあるまい。と薫は信じていた。浮舟の住んでいる山里は何処であろうか。どういうようにして、格好悪くなく、尋ね近づきたいものである。横川の僧都に逢えば浮舟の近況が聞けて気も落ち着くであろう、ともかく僧都を訪ねようと、薫は浮舟のことだけを考えて毎日を送っていた。
毎月の八日は、薬師如来の供養の日である、供え物を寄進に比叡の山に出掛けた。その機会に、山の根本中堂に、中堂の本尊は薬師である、時々薫は参詣する。だから中堂より横川に向かおうと、薫は思って浮舟の弟(常陸介の子)の童である小君を、供に連れて横川を訪問した。浮舟の実家の浮舟の母達には、浮舟の存命を、急には知らせず、状況を見て適当な時にしようとは薫は思うが、浮舟に逢い見るかも知れない、夢のような心地の再会にも、弟の童に逢わせて、感慨無量な悲喜こもごもの情をも、その時に添えようと言うのであろう。然しながら浮舟を、その人であるとは、小野で見つけながらも、みすぼらしい様子に姿の違った尼の中にいて、通う男でもあるなどと、つらい事を、もしも聞いたならば、それこそ辛い気持が増大してと、薫は山道を登りながら色々と考えて、心の中は混乱していた。(手習終わり)
作品名:私の読む「源氏物語」ー86-手習3-3 作家名:陽高慈雨