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私の読む「源氏物語」ー85-手習3-2

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中将はそれでも、

松虫の声をたづねて来つれども
     また荻原の露にまどひぬ
(松虫の声を捜して、来たのであったけれども、また一方では、荻原の露に濡れて途方に暮れている)

 妹尼は中将から子の歌を受けとって、浮舟に見せて、
「本当に中将は気の毒である。せめてこの歌にだけでも、返事をなされよ」
 浮舟を責めると、浮舟は、妹尼が中将を気の毒であると言った、そう言うように、中将に同情しながらも、色めいたような事を、もし言い出すとしても心が重たくて鬱陶しい。また一旦何かを言い出せば今回のように鷹狩などに来たといってそのたびに、懸想心から責められるような事があるのも、面倒であると、浮舟は先を思って妹尼に答えもしなかったので、妹尼はこれ以上言っても仕方がないと、尼達と共に思った。妹尼は若い頃は、風流好みの人で、あった名残なのであろう、

秋の野の露分け来たる狩衣
     葎茂れる宿にかこつな
(秋の野の荻原の露を分けて来た故に濡れた狩衣なのである。然るにその濡れた事を、葎などの雑草の茂っているこの宿のせいであるとかこつけて、不平を申しなさるな)
 と、詠んで、浮舟は迷惑に思っています」

 と妹尼が言うのを、簾の中で浮舟は聞いていて、やっばりこうしたことからまだ自分が生きていると言うことを昔の人々に知れ始めることにならないかと苦しく思っていた。浮舟の心の中を知らないで、中将を飽くことなく眺めて恋心を燃やす少将尼達であるから、「このような、ちょつとした機会にでも、貴女が中将と話しをしてくれれば、中将は万が一にも懸想などと言う不安な点は、案外に無いと見えるのに」
「夫婦となるようなことは考えずに、愛想のよい程度にお返事だけでも中将になさいませ」
 浮舟の気持ちがぐらつくようなことを言う。尼ではあるが、然しながらそれ相当に妹尼達がこのような昔かたぎの、古めいた気持には似合わしくなく、相当に陽気にしておりながら、下手な歌を好色らしそうに詠んで、中将に対して若々しい態度をするなどは、浮舟には、中将を浮舟の所に夜這いさせるのではないかと不安に思うのである。
その上に、この上なく情ない不運な身の上なのであったと、命までが、呆れる程に長く生き延びていて。私が見切りをつけた人生をこれからはどの様に落ちぶれなければならないのであろうか。この世に、すっかりもう、いない者であると、人に見捨て聞き捨てられて終ってしまいたいと、思いながら臥した時に、中将は、浮舟のことが上手く進まないことからか、大きな溜息をつきながら、忍ぶように、横笛を吹いて、
「山里は秋こそ殊に佗びしけれ鹿の鳴く音に目をさましつゝ」
 壬生忠岑の歌を独り言のように詠い、本当に、風情を理解しない人ではないようである。中将は、
「亡くなってしまった妻の姫君の事が、山へ来てあの人を見たために自然に思出される、思出さねば何事もないのに、なまなか思出すから却って、悲嘆であり、それはそれとして又、今新しく、私を、気の毒であると、当然同情してくれると思っていたあの人が、見向きもしてくれないので、「世の憂き目見えぬ山路へ入らんには思ふ人こそほだしなりけれ」(世の中の辛い目に出逢わない山路へ入ろうとするには、愛する人が絆だったよ)の歌のようにこの小野を思わないようにしたい」
 情けなさそうに言って庵を出ようとすると妹尼は中将に、
「どうして貴方は、またとない良夜を、一夜中見ないで中途でお止めになってお帰りになるのですか」
 簾垂の内から、廂の間の近くに膝行して出てきた。止められて中将は、
「どうして一晩中月を見る必要があるのですか、月も見たし、をちなる里から来た人にも、私を嫌う心をば見せつけられましたから」
 中将は浮舟のことを、をちなる里からと言ったのは、宇治で見付けた女で、をちは、宇治の村落の一つの名前であるからである。
 胸が重苦しいのをはき出すように言って、あまり好色めくような態度を示すようなのも、面白くない。あの女を少しだけ垣間見ただけのことで、妻を亡くして手持無沙汰の寂しい心の慰めとして、あの女を思出したのであるけれどもなあ。ところがあまりにも、彼女が自分を相手にもせず、離れたままで、引込み思案であるのも、物の哀を当然知るべきはずの山里の生活に似合わなく、興味がない、と思って帰ろうとすると、妹尼達には、中将は勿諭、中将の笛の音までもが残り惜しく思えて、妹尼は、

深き夜の月を哀れと見ぬ人や
     山の端近き宿にとまらぬ
(深夜の月の美しさをしみじみと面白いと見ない人が、山の端に近いこの宿(尼庵)に泊らないで、帰って行くのであるか)

 あまり上手ではない歌を、中将にあの女が渡すようにと、妹尼が言うと、中将は胸がどきどきして、

山の端に入るまで月をながめ見ん
    閨の板間もしるしありやと
(それでは、山の端に月がはいるまで、この月を眺めて見よう、貴女の寝室の板の間も、月影が漏れて明るくなるように、私の胸の痛みも、貴女に近づく事によって明るく慰められる効果があるかと)
 と返事をすると、ここの大尼君である母尼が先ほどの笛の音を聞きつけて、元々風流な人であったから、大層褒めながら几帳越しに中将などのいる、その場に出て来た。話の途中で度々咳をし、呆れる程顫え声で、年を取ると、昔の事を言いたがるものであるのに却って、現在の話は勿論の事、孫娘の話なども、母尼はさっばり言わないで、先ほどの笛の主は中将とも誰とも、恐らく判断がつかないのであろう、
「さあ、僧都の妹の尼よ。その七絃琴を弾きなさい。横笛は月夜には良く合うものである。そこの女達、琴を取って参れ」
 と言う。母尼であるとは彼女の声から推量して中将は思ったが、ここ小野は、どんな所なのだろうか、自分の若い妻は死に、母尼のようなこんな老人が、どうして生残って籠もっているのであろう、老少不定の世とは言うが、妻の若死と母尼の健在を思うと、しみじみと感慨無量である。盤渉調で中将笛を巧みに吹いて、
「さあどうぞ、琴をお弾きになって下さい」
 妹尼も、そこそこの風流者で、
「昔お聞きした笛の音よりも、今夜の笛はこの上なく綺麗に聞こえたのは、小野の山風ばかりを聞き慣れてしまっている私の耳のせいでしょうか」
 と言って、
「いやもう。私の弾く調子は、調子外れになっておりましょう」
 と言いながら七弦琴を弾く。最近はこの七弦琴が好まれなくなり妹尼の演奏は当世風の好みでないのが却って、珍しく興趣深く聞かれる。小野の山の松風も、七絃琴の音を引立てる。七弦琴に合わせて、澄んだ笛の音に、月影も合わせて澄んでいたから、母尼は、いやが上にも和琴を弾かなくてはと、夜の眠気なんかも飛んでしまい起きていた。母尼は、
「この年よりは、昔は東琴は、難なく弾いていましたが、奏法が今は代わったのであろう、息子の僧都が、聞きにくい事よ、老人は念仏の外はするものではないと、私をきびしく咎めるので、そんなに言われるのならもう弾くまいと、それ以後は手にしていません。そうであるけれども、良く鳴る琴もござりまする」
 と言い続けてさて弾こうと、母尼は思い立ったが、彼女の気持ちが面白かったので中将はこっそりと笑って、