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私の読む「源氏物語」ー81-浮舟ー2

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対岸に着いて、下船する折に、浮舟を他人が抱きかかえるのがどうも気になるので、自分で抱いて供の者が助けて家にはいるのを、どう言う人を、こんなに見苦しいまで大騒ぎをなされるのであろうと、この家の大家が見ていた。この家は時方の叔父の因幡の守が所領の庄にちょつと仮に造った家であった。未完成でまだ荒削りの儘で網代屏風など匂宮は見たこともない拵えで、隙間が多くて風も邪魔されずに吹込み、
垣根のあたりにはむら消えの雪がたまり、今もまた空が曇ってきて小降りに降る雪もある。そのうち日が雲から出て軒の垂氷の受ける朝の光とともに浮舟の容貌もひときわ美しくなったように見えた。匂宮も人目を憚る忍びの道中の時で、当然手軽な衣服である。浮舟も匂宮が来たときには就寝中であって上の衣の袿を、脱いでいたので細いからだがはっきりと現れて可愛らしかった。身なりを整える事もせず、気を許していた様子であるのが浮舟は恥ずかしかく、まばゆいような清楚な匂宮とこのような姿で差し向かったものよと浮舟は思うが、家が狭いので隠れるところがない。糊けが落ちてしまい柔く見よい程度である、白綾の着物だけを五つばかり襲て着ていて、袖口や裾の方までが艶めいて見え、色の違ったのを、幾枚も襲着しているよりも男心を引きつける。匂宮が平素見つけている中君や六君などと言っても、ここまでくずした姿は見たことがないのであるが、このように下着だけの浮舟は、正装のきりっとした姿も可愛いがこんな気を許した姿までが可愛く感じていた。供をしてきた女房の侍従も美しい若い女房である。侍従までがこのような匂宮との関係を、すっかり分かってしまったと、浮舟は恥ずかしさが体全体に走る。初めての顔であるので匂宮は侍従に、
「右近とは別にまたこれは誰であるか。私の名を他人に漏らしてはならぬよ」 と、口止めするのに侍従は、御立派な方であると、匂宮を見ていた。この家の留守居番で、ここに住んでいる者が、時方を主人と思って大切に世話して立ち歩いているから時方は、この、匂宮のいる部屋の遣戸を仕切りにして、次の部屋に控えていた。番人が声を小さく落して、恐縮して時方に話をしているのであるが、匂宮が隣の間にいるので、時方は匂宮に遠慮して、番人に返事もする事が出来ず、番人の宿守が時方を今回来訪の主人と誤認して,恐縮して物を言うのを答えることも出来ず、間違っているのをどうしようかと思っていた。時方は、
「非常に重大な陰陽師が占った物忌により、京の内をまで去って物忌みに従っている。だから誰も寄せ付けないでくれ」
 と宿守に言い含めた。やっと匂宮は人が見る事もないので安心して打ち解けて浮舟と話すことが出来た。薫は山荘に来たときは浮舟はこんな風にして、薫に打解けて逢ったのであろうなあ、と匂宮は想像して浮舟を甚だ妬ましく思う。薫が帝の女二宮を妻に迎えていることを浮舟に話す。然し、あの二月十日、詩会の夜、薫が宇治を思いやって詠った、古今集の中の恋の歌
「さむしろに衣かたしき今宵もや我を待つらん宇治の橋姫」(敷きものに只一人衣を敷いて、今夜も私を待っているだろうか、宇治の橋姫は)
 と薫が詠ったことは浮舟には言わなかった。薫が浮舟を思慕している事を言わずに、正妻女二宮を大切に尊んでいる事だけ言うのは、浮舟の心を薫から遠ざけようと言う、卑しい熊度である。憎い男である。
 時方が角盥に御手洗いの水を入れたのや、果物などを持ってきたのを見て、匂宮は、
「君を主人と思って宿守がかしずいているのにそんな手水や果物を取次ぐなど、下衆めいた仕事をして、宿守に実際を見破られるなよ」
 と注意をする。女房の侍従は好色らしい若い女の気持で、時方に対する匂宮の注意を、「面白い」と興味を感じたので、自分(侍従)も時方を主人扱いにして、この大夫(五位)、即ち時方と話をして時を過ごした。
 雪が積もってきた、匂宮の住む京都の方を、漠然と見るが、勿論、京は見えなくて霞の切れ切れに浮舟の邸の梢ばかりが見えた。宇治の山は鏡のように夕日を浴びてきらきらと輝き、昨夜踏み分けて来た、木播山辺の道の嶮しく困難を極めたことを思出して、感動するような事を沢山加えて同情を引くように浮舟に話をする。

峰の雪汀の氷踏み分けて
    君にぞ惑ふ道にまどはず
(木幡あたりの蜂の雪や、宇治の川辺の氷を踏み分けて、艱難苦労をしても、ここへの道には迷わないで来たが、しかし貴女の故に、思慮分別には迷って盲目的になっている)
「山科の小幡の里に馬はあれどかちよりぞ来る君を思へば」

 粗末な硯を召出して、文字を無頓着に書いた。

降り乱れ汀に凍る雪よりも
   中空にてぞわれは消ぬべき
(降り乱れて水ぎわに氷る雪よりも、もっと頼りなく、地にも積らず空にも残らず中途半端で、どうも、私はきっと消えるに相違ない)
 と匂宮の歌の上に浮舟は書いた。この「中空」と言う言葉を、匂宮は、不審に思って気に掛けた。匂宮と薫との間にはさまって浮舟が迷っているように、匂宮は感じたのである。匂宮の咎めるようにまあよくぞ書いたものよと、恥ずかしいので浮舟は書いた紙を引き破ってしまった。その浮舟の心が自分に傾くように、咎めだてするような事がなくてでも、美しい姿を、しみじみと慕わしさが増していくと、浮舟の心中に自分を思う気持ちが増していくと、自分の気持ち一杯を浮舟に傾ける彼の言葉や様子は魅力一杯である。
 「御物忌で、二日間、宇治に逗留する」と、京都の人達を言いくるめてきたので、伸び伸びと浮舟と話をして、しみじみと慕わしいとばかり、匂宮も浮舟も、御互に深く情愛が深まっていく。対岸の浮舟の邸に残った右近は、女房達に何時ものように言い紛らしているなどを浮舟の許に送り届けた。浮舟は乱れた髪を侍従に少しだけ梳らして、濃い紫の単衣の上に模様を散らして織った、表は紅梅色(濃い桃色)、裏は蘇芳色の春着用する紅梅襲の袿などを着ている物の色の重なり工合を、趣あるように美しく着替えていた。侍従も昨夜は着のみ着のまま出たので着古して見苦しい上裳(褶)を着けていたけれども、今は、着換えて、鮮かに立派になったから、匂宮はその侍従の着けていた褶を取って、浮舟に着せて、御手洗いの水を使わせた。匂宮は浮舟を見ながら、明石中宮の女一宮に、浮舟を女房として奉ったならば、姫君は、きっと寵愛するであろう。女一宮には女房といえ身分の高い出身の者が多いのであるが、浮舟ほどの美しい姿かたちをした女房は滅多にない。匂宮はそのようにも浮舟を見ていた。二人は傍で見るのも恥ずかしいような男女の戯れを一日繰り返して過ごした。匂宮は、人目に立たぬようにして、浮舟を何処かに連れて行って隠してしまいたいと言う事を、何回も何回も彼女に言う。
「こっそりと隠すまでの間に薫に逢ったならば、許して置かない、逢う意志はないと約束しなさい」