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私の読む「源氏物語」ー78-東屋3-2

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中君は、
「御話を聞いていますとなる程、本当に御気の毒な浮舟の境遇であると言うようでありますが、少将の馬鹿にしたような言葉に心配することはないでしょう。少将などに侮られる浮舟の境遇は、外でもない、私達のように、こんな親兄弟のない孤児になってしまった者の宿命です。軽蔑せられると言っても、深い山中に、すっかり浮世から絶縁して隠遁生活は不可能な事なのであったから、その出家することに、昔父八宮からしきりに勧められた、私でも都でこんなに俗人として生き長らえていますから、誰も勧める者がない浮舟では、私以上に出家はあってはならないことであります。尼姿に見すぼらしく変えなされるならば、それにしても浮舟はいかにも尼姿には御気の毒なほど美しい容姿でありますね」
 大人として思慮あるように中君が言うので、その言葉に力づけられて、浮舟の母の北方は、嬉しく思った。彼女は年がふけてしまった様子であるけれども、品位がないことはなく、清楚であった。然しなにぶんひどく太っていて、田舎者らしく地方官の常陸介の妻であると見ただけで分かる。北方は、
「亡き八宮情け無く冷淡に、浮舟を子の数に入れなかったことで、みじめな彼女はいっそうみじめなものになって、人からも侮られると悲しがっておりましたが、中君に、こんなに申しあげて、浮舟にも会っていただき、浮舟を見捨てなされた故八宮への恨めしさ情なさも消えてしまいました」
 長い年月の話をし、その中には、かつて赴任していた陸奥の浮島の風景の
美しさを交えて中君に話す。更に北方は、
「自分のだけがつらいのであると、そのことばかり言うけれども、語り合う人もない筑波山下の常陸在任中の生活も、こんなにはっきりと申しあげ、そうして、中君の前にいつもいつも伺候していたいと考える気持になりましたけれど、常陸の家では、常陸介の娘の小さいのがどんなにか、大騒ぎをして、私を捜しておりましょう、中君の前に伺候したいと言いながらも、子供達が心配になります。こんな受領程度の妻として私が落ちふれてしまうのは、口惜しいものですが、浮舟は私のように受領の妻などにしたくないので中君に、この娘の将来をお任せ申しあげて、私は一切関知致しません」
 と北方は中君に責任を持って貰おうと言いかけたが、中君が話を取って、
「なる程北方の言うとおり、浮舟は、見栄えも良いので、そのままで毎日を過ごして欲しい」
 と、中君は思った。浮舟は顔かたちも、気だても、これといって欠点がなく、可憐である。恥じらい方も物馴れない者のように大袈裟ではなく、また、なんとなく、ゆったりと落ち着いて大ようでありながら、オ気がないでもなく、中君の側に仕える女房達ともそっと混じっていた。そんな様子を中君は、言葉の言い方も亡き大君に不思議な程まで似ていること。大君の身代わりとなる人形を探しているあの薫に、浮舟を会わせてやればいいと、思っているところへ、
「大将殿がお見えです」
 と言う女房の声がしてたので几帳を寄せて対面の用意をする。浮舟の母北方は、
「さて薫殿を見てみよう。薫をそっと見たことのある者が非常に御立派な方と、噂をしているようであるが、匂宮には及ぶまい」
 と言うと中君に側の女房達は、
「いやそれはどうであるやらわかりませぬ」
「その通りで、私共は優劣の判定は、出来ませぬ」
 と言い会う。中君は、
「対座して、以前に薫と匂宮とがいらっしゃた時は、匂宮が情趣の理解が無さそうで見にくく見えましたが、一人一人、別々に見ればどちらも、どうこうと優劣を分ける事が出来ない。一般に顔かたちの美しい人は、他の人を、見る価値ないように圧倒するのが、いかにも憎いことよ」
 と言うので、女房達は笑って、

「そう仰せなされるけれども、匂宮(御前)におかせられては、薫殿に負けてはいません」
「たとえ、どれ程美しい人であるとしても、その人が、匂宮の美しさを、見る影もなく圧倒しましょうか、しませぬ」
 なんかかんかと言っている内に、「今、薫は車から御降りなされると言う事である」と、知らせを聞くと間もなく、前駆の随身が、やかましい程まで先払いをして騒がしく、しかも、薫はすぐには現れず、中君達が待っていると、薫は近衛大将であるから随身を八人を連れて車から降りて歩いてくるのを北方が見て、宮の御有様には、並ぶことは出来まいと、思った通りであるが、それでも薫殿はあでやかであり、上品で綺麗である。と北方は物越しに見ているのであるが、何となしに薫に見られると思う気持が、苦しく恥ずかしいので見る方の立場でも額髪なども
なでつけて繕っていた。薫は、見る人の気が引ける程に、心遣いが十分に行き届き、美しさは比べようもないほどである。前駆の者どもの様子では、多人数で、薫は直接内裏からの帰りであろう。
「昨夜明石中宮がご気分が悪いというのを聞き内裏に参上しましたが、明石中宮の親王方がお側にいらっしゃらないので中宮のお側で看病いたしまして、匂宮のお代わりを今までして参りました。今朝も、匂宮が遅参して御参内なされたのに対して、不都合にも、中君が御引きとどめなされた罪として、推量致しましてございます」
 と少し冗談を交えて言うと、
「匂宮の御代理に、今までとは、なる程、同情が深い御心遣いでございますね」
 と真面目に返事をする。今晩、匂宮は母親の看病に内裏に泊まると言うことを見ておいて薫は、なんとなく下心を持って来訪したのであろう。いつものように色々と世間話を親しく中君にするのである。その中に時々大君の事が忘れられない、また、世の中がますます何となしにつらく情なくなって行く、北方と迎えた女二宮がどうも心に馴染まないようなことを、帝に憚りがあるから露骨には、言わなくてそれとなく愚痴を言う。聞いていて中君は、それ程に、姉大君の事が、薫には長い年月の経過した後までも心から離れないのだ。かつて真剣に思いつめて告白した事柄であるから、大君が亡くなっても、すっかり忘れてはいないと、自分に思われようと言うのであろうかと、中君は思うのであるが、薫の気持は、真偽の程がはっきりわかるものであるから、その気持を、年頃、色々の事につけて、段々と見て行くにつれてしみじみとした、浅くない真実の御気持を、中君も岩や木でないから察することが出来る。中君を思慕して恨み申しなされる事も、薫の話の中には多く出てくるが、中君は聞いていてどうにも仕様がなく当惑して、溜息をついてこんな自分を思慕する気持を無くすような禊ぎを薫にして欲しく中君は思うのか、あの大君の人形のことを言い出し、
「大層内々で、その人形は、このあたり、私方にありますよ」
 と、仄めかして言うのを、薫は真剣に受けとって浮舟を見てみたいと思うが、それはそれとして、出し抜けに、中君から浮舟に心が移るような気持にはならなくて、 
「さあねえ。その本尊が、私の願望を満たし叶えて下されるようであるならば、いかにも有難いであろう。そうであるが、もし、中君に折々、私が悩ましい思をするならば、なまなか山里の本尊を据えて、山水に心を澄まそうと思っても却って、道心が汚れているので、山水も、きっと濁るに相違なく、澄む事はあるまいと思う」
 と言うと、
「いやな困った御道心ですね」