私の読む「源氏物語」ー74-宿木ー3-1
女郎花しをれぞ見ゆる朝露の
いかに置きける名残なるらむ
(女郎花は、どうも、萎れ方が、今朝は、一段とまさっておりまする、それは、朝露が、どんな風に置くのであった名残なのでしょうか)
上品な筆使いで書いてあった。
「六君の悩みを自分のせいとされるのは、気にくわないことだ。本当は、中君一人だけを守って外に女は持たず、気楽に暮らして、暫くの間はいようと、考えていた私であるが、、六君に逢ったのは、思うにまかせず意外なことであった」
と匂宮は言うのであるが、妻は正妻一人と考えている普通の人には、このような二人妻というのを見て本妻の苦しみを知ると、見ている人も心が落ち着かないであろう。考えてみると匂宮には本妻一人と言うことは大変困難なことであるし、その結果が今回のこの六君と中君の問題となった。帝の息子達の中で匂宮を春宮にと推す人が多く、そうなると妻や妾を多く持つことを非難されることなく当たり前のことであるから、みんなも中君が気の毒とは思うが、普通の人のようにはたいした問題にはしないのであった。寧ろ却って、中君をこれ程堂々と、匂宮が、本妻として大切にしてなされ、そうして、匂宮が他に女を置くことをこのように心苦しく親王として常なみでなく思うのに、世人は仕合わせな女よと、中君のことを思っていた。中君自身も匂宮があまりにも大事に取り扱って大切に接してくれて、それが、六君の出現で急に態度が急変したのが嘆かわしいのであった。このような男が、外に女を持つという夫婦の関係を、どういう訳で、女が悩むのであろうと、中君は昔の物語などを読んでも、他人のことでも腑に落ちぬ気がしたのであるが、それが自分の許に現れたとなると、心の痛いものである、苦しいものであると、今になって中の君は知るようになった。
匂宮はいつもより優しい態度で中君と話し合われ、
「本当に食べ物をしっかり食べないと体に悪いよ」
といって、見た目にも綺麗な御菓子を取り寄せ、また調理人を呼んで、特別に調理させたりして中君に勧めるのであるが、中君は一向に食べようとはしなかったので、
「どうしてなのだ」
と匂宮は嘆くのであるが、日も暮れてきたので六君の許へと行かねばならないので、二日夜であるから、寝殿の自分の部屋に用意するために中君の前から帰って行った。
秋なので風も涼しくなり空も澄んでいて、匂宮は現代風の好みであるので、六君と新婚の匂宮の容姿が、目立って派手派手しくあでやかであるのに反して、中君の心中は
悲しさを堪えるのに必死であった。外では蜩が鳴き叫んでいて聞いている中君の頭の中には宇治の山荘が浮かんできて、
おほかたに聞かましものをひぐらしの
声恨めしき秋の暮かな
(もし宇治の山里におるならば只一通り、気に掛けもせずに聞くのであろうのに、宇治でないから蜩の声がなんとなく恨めしく聞こえる秋の夕暮れよ)
今夜はまだ夜が更けないのに匂宮は出かけてしまった。先駆けの声が段々と遠くになると、「恋をして音をのみ泣けば敷妙の枕の下に海士ぞ釣する」と言う歌の通り涙で枕がぐっしょりと濡れてしまった。我ながら嫉妬心の酷いことと、思いながら先駆けの声を臥して聞いていた。初めて匂宮と体を交わした宇治の頃から、夜の訪れがなくて独り寝の淋しさを味わったことを中君は思い出し、匂宮の冷淡は昔からなのに、今始まったように悩むとは自分ながら、自然に嫌なことを考えると思っていた。今の自分は妊娠しているが、上手く出産できるであろうか、自分は短命の家柄に生まれたので、出産のさいに命がなくなるのではないか、命は惜しくはないが、悲しいことであり罪深いことでもある、などと考えていると眠ることが出来ないで中君は朝を迎えた。
作品名:私の読む「源氏物語」ー74-宿木ー3-1 作家名:陽高慈雨