私の読む「源氏物語」ー71-総角ー2
匂宮を、山里という場所に応じた鄭重な饗応を催され、薫君は主人方として軽く扱い、匂宮は客間の、取り敢えず仕度した臨時の間に、夫気取りであるのに、薫はまた、大君から遠ざけられたので、その待遇を、ひどい扱いであると、思うのである。薫が少し文句を言うので大君はそれも気の毒なことと、大君は物を挟んで対面した。薫は、
「真面目に恋をしている私に、いつまでこのような扱いをなさるのか」
と、大君をやんわりと恨むのである。彼の性格をやっと十分に知り尽くしたが、匂宮の来訪がと絶えることを嘆く中君の身の上を深く考えると、いっそう恋愛というものがいとわしいものに思もわれ、男女のこんな婚姻という結びつきを、つらいものと悲観して、断念してしまって、やっばり自分は妹の嫁いだように、男と契ることは出来ないと、しみじみと、懐しく夫にもと思う薫の気持でも、自分が嫁げば、きっと、どうも恨めしいと思うに違いないように思う。
自分も薫も相手を悪く思わず、一生涯、仲たがいしなくて、今まで通りに清い交際で今後とも行きたいものであるなあと、心を決めていた。匂宮のことを薫が大君に色々と尋ねると、匂宮が来られないことを、それとなく大君は、そうですかと、薫が答えるであろうとと言うように大君が薫に告げるから、薫は大君が気の毒で、中君を思う匂宮の様子や、匂宮の態度を注意して観察していることなどを、大君に薫は語り伝える。大君もいつもよりは薫に気持よく話をして、
「こんなに妹への心配が多くなるほどありましたが、貴方との話で幾分心が静まりました」
と言う。大君は憎らしそうに、よそよそしく、薫から離れないものの、襖の固めも強くして、無理をして、あけて入り込むとすれば、そのことを、大君は、情なく甚だしく恨むであろうと、薫は思い、大君には自然、考えることが、あるのであろう。それはそれとして、簡単に外の男に靡くようなことは、万が一にもないであろうと彼は思った。薫は、
「このように、襖越しでお話しするのは、どうも頼りなく、気が晴れ晴れしませんねえ、先夜仕切りがなくて、話ししたようにしてなさってください」
と頼むのであるが、 大君は、
「自分自身で、最近の私の姿かたちが普段よりも憔悴したということが分かっていますので、その姿を見て貴方は気味が悪いと遠ざけたい気がされるでしょう、それが、私にとって苦しいと思うのは、どんな理由でからでしょうか」
と大君は憔悴した姿を見せたくないという気持ちは、これで薫と縁が切れるという嬉しさと、切れては困るという気持ちとが心の中に同居しているということを承知した答えであった。それでも薫は懐かしい大君の声を聞いて、嬉しくてホッとして、
「祖のように誰にも靡かないという気持ちを言われて、私は油断させられて、 結局、この先私はどうなるのでしょうか」
と泣き言を言って雌雄が別々に寝る山鳥のように、独り寝て朝を迎えた。匂宮は薫が、大君と共寝することも拒否されて寂しく嘆きながら一人寝をしたことも知らず。自分は中姫とたっぷり満足するほど愛情を交わして、
「薫が主人側として、まだ起きて来ず、のんぴりしている態度が、いかにも羨ましい」
というと、聞いて中君は、薫と姉と関係があるとは、まだ考えていなかったので匂宮の言葉が腑に落ちず、変な事を言うと思った。
無理に都合をつけて宇治に来ては、あまり長く滞在はすることなく京へ戻ることが匂宮の気持ちを苦しめる。その苦しみを中君は想像できないから姫達は、この縁は、末は、どんなになるのであろうか。中君が捨てられて世間の人に笑われるのではと心配する、なる程、匂宮と中君の縁は、気が揉めて、苦しそうな事であるなあと、外から見ていると思われるのであった。広い都でも、中君を匿っておく場所が見つからない。六条院には左大臣の夕霧が一区劃に住んでいるので、夕霧が匂宮に自分の六姫を嫁にどうかと言うのを匂宮は何とも返事をしないでいるのを、夕霧は失礼な奴と思っている。そんなことで夕霧は匂宮を、浮気な男と、悪く言うので、父の帝や母明石中宮にも、そのことを言おうとしていなさると見えるから、ますます世間からの声望もなく、しかも、中君を宇治の田舎から連れ出して、北の方に据えようということなどは匂宮には障害が沢山あった。通り一遍に御寵愛なされる愛人の分際は、宮中奉公という理由で呼び寄せる事で簡単に欲望を達するが、そのような、並の女としては、中君を考えることはできない、時勢が移り変って、父帝や母明石中宮が予定した通リ、匂宮が春宮にでもなったなら、中君を他の女よりは、高い地位の中宮にしよう、などと、将来の事はわからないが現在では、気にかかって思い込んだ通りに、花やかに京に招こうとしても、その方法がなく、匂宮は困っていた。火災の後で薫は、三条宮を再築してそこへ大君を招こうと、考えていた。春宮にもなるような高い身分の匂宮は、中君の処置に困っているが、薫のような臣下の立場の者は、匂宮に較べると、何をするにも気を遣わなくて良いのである。その身分の高い匂宮は、中君の処置に苦しんでいるのであるが、彼は困難を押して宇治へ行き中君と逢瀬を楽しんでいるのであるが、それもそう多くはなく本当は逢うのも希な状態で二人とも互いに苦しむのであるが、このことは気の毒なので、匂宮が忍んで宇治へ通っていることを明石中宮にもこっそりと教えてあげて、匂宮が一時そのことで中宮に色々と反発するかも分からないが、気の毒であるけれども、中君のためには、過失でもあるまい。匂宮は、宇治に行っても泊まりもしないで日帰りという辛い状態である。一層の事、中君を、立派に取り扱って、匂宮と一緒に、北方として処遇すればと、考えるので、匂宮と中君とのことは強いて隠すことはない。
十月の衣替えは、宇治では、きっちりと誰が世話をするのであろうと、薫は心配して、御帳台の垂幕や、部屋の間の仕切りとして壁の代りに用いる垂れ布の壁代など、三条宮を新築して大君と移り住む準備として、作って置いたのを、さし当って、宇治の方で必要な物で御座いますと、こっそりと母三宮の了解を得て、宇治に送った。その他にも女房の衣装や、薫の乳母達にも、薫は頼んで、三条宮のとは別にわざわざ作らせたのである。
作品名:私の読む「源氏物語」ー71-総角ー2 作家名:陽高慈雨