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私の読む「源氏物語」ー71-総角ー2

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彼女たちは大君と薫が関係を結ぶところに中君が居るとは思っていなかった。そうして昨夜は大君と薫は。ああであろう、こうであろうと、互に男女のまじあいを想像しあっていた。
「たとい、中君が見あたらないと言っても、何か訳のあることであろう。心配することはない」「大体、いつものように、薫君を見て私達顔の皺が伸びて若返る心地がして、本当にあのお方は立派で、しみじみと見ていたい、御顔であるのに、どうして大君はあのようにけ嫌いなさるのであろう」
「何の理由もないことでしょう。これは、世間の人がよく言う、恐しい神が大君に取り憑いているということであろう」
 言葉に衣を着せないであからさまに言う女房もいる。女は嫁すべき時期を失うと、鬼神が領して、嫁す事を妨害する、と言うことが巷では言われていた。
「まあ、縁起が悪い事を言われる。どんな鬼神が、大君に取り憑くというのですか。大君はこれまで、人から遠ざかってお育ちなされたから、男女の関係なども、色々と教える方もなく過ごされたから、男女の関係は恥ずかしく思われているだけのことですよ」
「そのうちに、大君が自然と薫君に逢っている内に馴れなされて、今は避けていても自然と薫君を、慕い申しなされるでしょう」
「早く薫君と打ち解けて、女房共の希望する夫婦になっていただきたい」
 と言いながらも全員睡りに入り、いびき声だけが聞き苦しく聞こえてきた。
 逢いたい大君のためならば、秋の長夜も短いのであるが、今は、中君に逢っているので、逢いたく思う人のせいでもない、秋の夜であるけれども、薫は間もなく夜も明けるように思われ、大君との優劣を、どちらと、区別する事ができない、中君の優美な容姿に、手も出さなかった空しい一夜を薫は、物足らない気がするので。「私は貴女を思慕するから、貴女も私を思い下さい、情なくつらい姉君の私への態度を見習うことをしないように」
と中君と後日の逢う時を約束して彼女の寝間から出る。薫は人違いを不思議な夢を見たように感じていたが、あの冷淡な、大君の御気持をもう一度確かめたいと、思いながら自分の部屋に帰り寝てしまった。
 弁御許が姉妹の許にやってきて、
「何となく昨夜の様子はおかしかったです、中君は何処に居られたのでしょうか」
 と言われて中君は大変恥ずかしく、思いかけない突然なできごとで、中君は一体どうしたことかと考え、薫君は大君を目あてに来られたものらしいと、気がついた。そうして昨日、大君が話したことを思い出して、姉君は辛い立場にあると思うのであった。夜が明けて行くにつれて、壁の中に蟋蟀のように隠れていた大君が、、そっと現れた。妹が自分に変わって昨夜犠牲に
なったことが気の毒で、二人は互に話もしなかった。大君は中君を薫に無造作に見られて、どんなにか気鬱であろう。女房達に今後は油断が出来ない状態に置かれていると、心が乱れるのであった。
 弁御許は薫の許に参って、薫から昨夜のあらましのことを聞いて、大君の呆れた強情さを、全く、用心深さにも程がある、憎らし態度であると、犠牲になった薫を気の毒に思い、ぼんやりしていた。薫は、
「之まで色々と辛いことがあったが、其れでも希望がまだ残りのある気がするので、私は、いろんな事で、辛さを紛らしていたけれども、昨夜のことは全く恥ずかしく、滝壺に身を投げたい気がしている。だが好みをこの世から消しては、二人の姫君を、この世に遺された、亡き八宮のご苦労を思うと、簡単にこの身を捨てて出家をするようなことが、出来ないと思うのです。
私は姉妹のどちらにも男としての欲望を持つようなことは今後もうない。大君にここまで拒絶させられた男として情ない事も、つらい事も、その他あれこれ、どうも忘れてしまいましょう。女好きの匂宮は文で恥ずかしいとも思わず、大君を口説き落とそうとしてお出でであるから、男に娶られるのは、誰でも同じ事であるならば、理想を高くと、大君の思う匂宮が適当な方である、と私は了解したので、大君の私に対する冷淡さは当たり前のことで、そう思うと恥ずかしくてこの山荘に又訪れて、女房達と顔を合わせるのも何となく嫌な感じがする。まあどうなっても良いのですが、こんな馬鹿男のことを、せめて外の人にだけでも漏らさないように頼みます」
 と薫は恨み言を言って、いつもよりも早く京に帰っていった。弁御許達は、
「薫君が大君を諦められたことは、どちらにも」「悲しいことと思いますねえ」
 と話していた。
 大君は、一体どうしてこんなことになったのか。薫がもし中君に冷淡であるならば、私達はどうしようかと、胸が詰まって気持ちが苦しくなり、今回のことは総て、大君と考の一致しない女房達の先走った行動であると、女房達を憎んで信用しなくなった。

 大君が色々と悩んでいるところへ薫から文が届いた。薫が自分の態度に怒って恨んでいると心配していた矢先なので、何時もよりは、嬉しいと、大君が思うに付けても心配したり喜んだりするので、見方によっては変なものである。 薫は季節に合った草や木の枝に、文を結びつけるものなのに、秋の様子を無視して、青い枝で、一部分は紅葉しているのを選んで、文をつけて、

おなじ枝を分きて染めける山姫に
      いづれか深き色と問はばや
(同じ木の枝を、一部だけ区別して紅く染めているのであった山姫に、染めない青葉と染めた紅葉と、どちらが濃い色かと質問したい。(姉妹の中、中君を取り分けて私に譲ったのであった大君に、大君と中君とどちらが深く私の思い染めている方であるのかを問いたい。私は、大君を深く思っているのである。)

 昨夜の事を、それ程恨んでいるようでもなく、言葉少く簡潔に書いて、礼紙を巻いて、その上を包紙に包んであるのを大君は見ていて、何と言う事なく薫との関係をこのまま終ってしまおうと思うのであるが、不安に感ずるので、やかましくうるさく女房が、
「ご返事を」
 と言うので、薫君に、返事をしなさいと、もし中君にまかせるとしても、それも中君の気持ちを変に取られるかも知れないと、大君は自分で書こうとしても、さすがに書き難く、内容がなかなか定まらない。

山姫の染むる心はわかねども
      移ろふ方や深きなるらむ
(山姫が、取り分けて染めている気持はわかりませぬけれども、色の染っている方に、御身の志が深いのでありましょう。御身の愛情の移っている中君に)

 何げない風に書いた歌であるが、興味深いものであるから、読んだ薫はやはり大君を恨み通すことがで亡いだろうと思われる。