私の読む「源氏物語」ー70-総角
「そのようにこの世を嫌なことと思いであるならば、対面して話をするなんてとんでもないことと大君は思っておられるでしょう。ですが今夜ばかりは大君がお寝になっている辺りへ、忍んでいく案内をしてくれ」
と薫は決心して弁御許に言うので、その気になって、若い女房を早く寝させて、弁御許その外、事情を知っている老女房同士は、薫の忍び込みの手だてを工夫する。
日暮れて間もない頃から風がひどくなり、吹き付ける音がもの凄く荒々しくなった。格子組の裏に板を張り、日光をさえぎり、風雨を防ぐ戸である蔀はこの山荘のは粗末な物で、ひしひしと鳴って、足音か蔀の音かの見分けがつかないようなので、弁御許は、薫が忍び込む足音をを、大君には分かるまいと思って薫を大君の寝所に引き入れた。
大君と中君姉妹は二人並んで寝むことを知っている弁御許は、気になるが、同室に就寝するのはいつもの事であるから、今夜だけ別々の室に寝るとも全然考えもしなかった。それでも姉妹の様子をそれぞれ、はっきりと、薫は見知っていることと弁御許は思っているが、大君は眠りもしないで用心して、薫の足音を、風の音の間に一瞬聞きつけて、大君はそっと起きて一瞬のうちに部屋の外に這い出た。中君は何事もなく深く眠っているので全く、気の毒で、この場合どうすればよいものかと、胸がどきどきして中君も起こして共に隠れなければと思うのであるが、とても戻ることが出来ず屏風の後ろから震えながら事態を見守っていた。かすかな燈火の許照らされる薫を見ると、直衣や狩衣の下に着る白い衣の袿姿で、物馴れている様子で、几帳の惟子(垂れ布)をまくり上げて、寝間にはいってしまったから大君は妹が薫に体を奪われると可哀想で、中君は気がついてどう思うであろうかと、恐怖の中でも思い、粗末な壁の並びに屏風を立てかけてある、小さな隙間に体を隠して、どうすることも出来ないで大君はじっとしていた。私の代りに中君の婿に薫をと冗談にしていったときに、中君は、情なくつらいと、言う表情をしていたのに、ましてその本人が床に入ってきては、何ということを姉はやってくれるのだと、私を嫌らしいと思うであろうと、申し訳なく思うのだが、このことは総て、有力な後見人がなく生き残っている身の上の悲運を思うと、「今はこれまで」と別れて、父八宮が、山に入りなされた前日のタ方、山荘の彼方此方を名残惜しそうに見て回り、最後にこの屋に炉こる二人の娘の先を祈って誦経されたことが、今のような気持ちがして、父が恋しく悲しい気持ちになっていた。
薫は部屋に忍び入ったところ、中君一人が寝ているのを見て、弁御許達女房が自分のために図ってくれたのかと、寝ているのが中君とは知らずに喜んで、心がわくわくしてじっと寝姿を大君と思ってみている内に、次第に大君ではない中君であると気がついて、ようく見てみると、大君より少し美しく、あでやかでうるわしく、可愛げな様子は、「大君に勝っているであろうか」と、薫は見ていた。目覚めた中君が薫の顔を見て驚いて、混乱してしまいうのを、心配事もなく熟睡していたから、何も事情を知らないのでだ、薫は思って、中君が可哀想でもあり、
反面、大君が隠れてしまうような自分に対する冷淡さを、心からつらく情なく、忌ま忌ましいから、目の前で驚く中君を自分の意図する人でないと見放してしまうのも薫としては、ここで中君と事を起こしてしまえば、大君をと思い込んでいる本意と違う事が残念で、大君に対する思いは一時の表面的で浅い思いであったとも、大君に思われたくない。今夜のこのことはやっばり、そのまま何事もなくやめて、中君との宿縁が結局逃れる事ができないならば、婚姻が中君と、と言うことになっても、中君は妹であるから他人のようには思えないと、大君に対して抱いていた劇場を男の激情をぐっと落ち着けて、大君に接するように、ゆったりと落ち着いて一夜中君と語り明かした。弁御許達は自分達の計画、薫が大君に夜這いを掛ける、事が成功したと思い、
「中君は何処に居られるのか」
「不思議なことよ」
と探し回っていた。
作品名:私の読む「源氏物語」ー70-総角 作家名:陽高慈雨