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私の読む「源氏物語」ー70-総角

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総 角

 宇治の山荘に暮らす桐壺帝の八宮の姫二人は、長年住んで聞き慣れてしまった宇治川の川風も、父の八宮が亡くなってこの秋は全く落ち着くことも出来ずに物悲しくて、急いで一年になる一周忌の準備をはじめた。八宮は去年の八月二十日に他界された。秋が来て丁度一年になろうとしていた。大体の一周忌に行うことは、薫中納言や八宮の師匠であった山寺の阿闍梨が中心となって準備をした。姫達は、布施として与える僧の衣や、読経する経机の覆いや、経巻の紐その他の装飾など、細かな用意を女房の言うように準備の用意をするのであるが、父の八宮がいなくなって、何となく頼りなくて、この薫や山の阿闍梨のような、外部からの世話が、もしなかったならば、心細いことであったろうと、人は見ていた。薫は自分自身も来訪して、喪中が終わって除服して、平常の服に着換える時の姫達女房達の衣類やその他のものを携えて来邸した。阿闍梨は、仏に奉る香の名の通った者を紙に包んで、五色の糸をあげ巻結びに結びかけて机の四すみに、結び垂れ、または、さまざまの香を紙に包んで、五色の糸で結びかけて仏に率る。それを沢山作って持ってきたので、その糸や香を包んだ包みが、今は居間に雑然としているので
「こんな有様で過したものであったなあ」
 と姫達は仏間を見て言うのである。香の包みを糸で結んで糸のもつれを防ぐため、綛を掛ける器具である、たたりが、簾垂の端から、几帳の綻びている所に透けて見えるので薫はそれが法事の場を飾る、名香包みに五色の糸を結びかけるものと、分かり、
「より合はせ泣くなる声を糸にしてわが涙をば玉に抜かなむ(悲しみに姫君達の泣く声と,自分の泣く声とを一筋の糸にして、その糸に玉として貫き通したいものである)」
 と声に出して詠い、この歌の作者の伊勢の女御は宇多帝の七条后が、寛平八年(八九六年)六月三十日卒去の後、四十九日の供養のために、名香包みの組糸を縒っていたときの作であるから、彼女の気持ちは今の自分のような気持ちであったものと、心が引かれる思いがすると几帳の内にいる姫達に語りかけるが、姫達は伊勢の歌を知ってはいたが、知っていると答えたならば薫の話に親しく入っていくような感じがするので返事はしないで、
「別離は糸により合わせる物ではないけれども、別れは心細い、と詠った紀貫之の、
 糸によるものならなくに別れ路の心細くも思ほゆるかな(道は糸に縒り合わせるものでもないのに、一人別れて都からしだいに遠ざかっていくこの道は、細い糸のように、とても心細く思われるものだ)
 死別でなくてこの世の中にあるままの旅行などの別れだけでも、糸を縁にして心細いものと紀貫之は詠っているのだから、死に別れはなお一層悲しいものと、なる程、古歌は、人の気持をのびのびさせ慰める手がかりなのであったこと」
 と、姫達は胸の内に思っていた。
 薫は、追善の願文を書き文中に何経・何仏が、何の供養になるかという趣旨などを、書いたついでに、

あげまきに長き契りを結びこめ
       同じ所に縒りも会はなむ
(名香の包の飾とする、あげ巻結びの五色の糸のように末長い契を、あげ巻結びのように結び納め、あげ巻結びの糸が同じ所に縫り合わされて逢うと同じく、大君と逢いたいものである)

 と歌を書いて御簾の中に差し入れると、大君は又かと、うるさく思ったが

ぬきもあへずもろき涙の玉の緒に
        長き契りをいかが結ばむ
(涙を玉にとおっしゃってもどうしても貫き通すことが出来ない脆い涙の玉のような、私の命ですので、末長い契を、私はどうして、薫様と結べますか)

 と返り歌であったので、薫は「片糸をこなたかなたに縒りかけてあはずはなにを玉の緒にせむ」(片糸をあちらこちらから縒り合わせて糸を作るように、あの人と逢うことができなければ、私はいったい何を生きがいとすればよいのだろうか)の古歌を口ずさんで、恨めしそうに大君の返歌を見ていた。

 自分が大君に惚れてしまっていることは、この返歌のように、大君が、うやむやに打ち消して相手にもならず、しかも、きまり悪いようであるから、これ以上のことを大君に言うことが出来ず、ただ匂宮が中君を思慕していることを真面目に伝えようと、
「それ程深くは考えておられない中君に、匂宮はこのように積極的な性質であるがため、申し入れされたたかと思いますね、いずれにしても、
私は、匂宮が中君に惚れてしまった様子をしっかりと見ています。匂宮は貴女が中君を許しても、後で心配に思う事全くないのですがねえ、然しともかく、貴女は必要以上に匂宮を遠ざけようとなさる。男女の間柄の様子などを、貴女大君は、余りよくご存じないと、匂宮の事を御願いしても突き放してばかりのように私に言われるので、私はどれだけ貴女のことを心の底から信頼しているにもかかわらず、大君は本心を打ちあけなさらないので、情け無いです。否応どちらでも、貴女の姉としての判断して下さい、それを私は真面目に受けとりましょう」
 と真面目に薫は大君に言うので、
「約束は守ります、という気持ちは、世間的には少し変わった私たちの身の上で、こんなにまで、薫さまに何一つ隠すこともなくお付き合い願っています。然しそのことをお分かりないようであったのは、薫様のお心の中に少し私どもを軽く見ておられるような気がいたしました。
情趣を解するような薫さまは、この山荘のような閑寂な住居などに、思い残す事はあるまいとお考えでしょうが、私共は何事にも、初めから気がきかなく育ってしまっている中にも、薫様の言われる結婚して人妻となる点は、生前の父は少しも、一つのことにどうせよ、ああせよ、又他のことが有れば同じようにするようにと、など将来の事にどう向かうかは、遺言のようなことは言われなかったので、このような独り身の状態で暮らし、夫を持つような女の色気を断念するようにとのお考えを持っておられたようです。と私共は思っていますから、薫様への御返事は、何ともかとも出来かねます。
 とは言うものの宇治の山に隠れ住むには少し気の毒な中君を、このような状態で、朽木にはしてしまいたくないと思いまして、人知れず気にはしているのでありますが、将来彼女はどうなるのでしょうかと心許なく思っております」 と薫に一気に話すと大君は、思い乱れて気持ちを沈めてしまった様子は、大変気の毒なものであった。
 はきはきとして、二十六歳という大人であるが、今までの暮らしがこのような宇治の山中での引きこもり生活であったから、大君はさぞかし利口ぶって理知的には答えることが出来まいと思い、薫は弁御許を呼んできて大君に話すことにした。