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私の読む「源氏物語」ー69-椎本ー2

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薫はこの場にあの老女房弁御許を呼んで、まだ話し足らないことを総て話させた。
 西に沈もうとする月の光が室内の奥にまで差し込んで、人影が几帳を透かして艶めいて見えるときに、姫達は奥にひっそりとしていた。薫は世間の男のように女にすぐ近づくような軽薄なところがない、真剣に話しかけた。姉の大君のかすかな咳が聞こえた。薫は、匂宮が姫達に逢いたい思いがある、知っているのであるが、自分がこんなに姫達と接近していながらこれ以上進めないのは、自分への愛を相手が知り確認して、誠実であると悟ってくれるまで急ぐことともない、と言うのが薫の本心であった。八宮が真剣に姫達との交際を認めてくださったにもかかわらず、それは私にはそう急ぐことでもないとは思うが、それはそれとして、八宮が姫君との交際を許しなされる心に薫は全く無関心で、姫君達との婚姻の意志がないとは、さすがに、彼もそこまでは考えてはいなかった。だから今のように几帳越しに姫達との話し合い、また季節ごとの花や紅葉について、その景色や風情などを語り合うと、奥ゆかしく、理解する姫君達であるから、薫は、縁がなくて姫君達がもしも他の人と婚姻するならば、今の彼の心境ではどうしても姫を我が妻としたいという気持ちであった。
 薫はまだ夜が深いのに帰っていった。八宮が何となく寿命を感じて心細くしていたことを車中で思い出し、忙しい宮中の仕事が終わったらすぐにでも宇治へ参ろうと、考えていた。
 匂宮兵部卿もこの秋は宇治に紅葉狩りに参ろうと、何かの機会がないかと様子を見ていた。文は開くことなく姫達に贈っていた。然し姫達は匂宮が、真面目に、自分達の事を思っているとは思わないので、匂宮からの消息文を、姫達をくどく恋文である懸想文と考えないから、うるさく思わず、季節季節のたあいのない文などのように、簡単にあしらいながら時々返事を送っていた。
 秋が深くなり、八宮はますます気が細くなってきたのを感じ、あの山寺で念仏修行をすれば少しはこの気持ちも納まるであろうと、姫達を呼び、自分が山籠した後の事、更には死んだ場合の後のことで、当然心得置くべきことをしっかりと告げようと、
「世間の常識として誰でもが死別から逃れないものであることは分かっているであろうけれども、父でも母でも死んで行く人がそのどちらか片方であれば、死別の悲嘆を、死んで行く人は、諦めるし、遺された者はまだ少しは慰められるものである。だが貴女達は母もないから外に世話を頼む人もなくて、私が死に心細くなる姫達の境遇などを、死後に見捨てて置くようなことが大変心残りであるのです。そう、悲しい事であるけれども、それ位の事に妨げられて現世に執着し、その上死後には、永劫に成仏せず迷うとすれば、それはつまらない事であるからねえ。一方では、今私たちこのように家族が集まって、顔を見合わせて話をしているときでも、私たちは已に見捨てているこの俗世間の事であるから、死んでしまった後のことなどは、どうなっても、構いはしないことではあるが、私一人のためだけではなく、亡くなった母上の不面目であるから、浮気者に靡くような軽率な考などを、決してしなさるなよ。よくよくの立派な縁でなければ男の綺麗な言葉に惑わされこの山荘を出て行くようなことはしないようになさい。ただもしも意に適う男がなければ、姫達は人と違った親王の身であり、又、宿命が人とは別なものを背負っている身であると、敢えて覚悟して、この宇治で生涯を送ろうと決心してください。

ゆっくりとここでの生活を考えてみると、宇治の生活は何事もなく平穏に過ぎた年月である。そういう山里に、男から、まして世間と全く絶縁して寵り、ことに女であるあなたたちは、世間並みの幸福を願わずに堪え忍んでいることで、いろいろと人から非難されるようなこともなく穏やかに一生を過ごすがいいでしょう」
 と八宮は娘二人に言い聞かせた。この父の言葉を娘達は、自分達がどうなるのかその時にならないと分からない、と今のところは父の言葉を理解する心の余裕もなく、父宮が亡くなられた後は、この世に少しでも生きているわけにはいかないと、思っているところに八宮があまりにも心細いことを娘達に言うものであるから、娘達はどうして良いのかおろおろして心の収まりがつかないのである。
 八宮は心の中では世捨て人の気持ちでいるのであるが、朝晩と娘達が側にいるのに慣れ親しんでしまって、もしも急に別れることになれば、と娘達に伝えるそれは、宮の薄情な心からではないけれども、親の世捨て人の態度をはっきりと娘達は聞いて、姫君達には当然父の言葉が恨めしいにちがいない。山寺に明日籠もりに参上するという日に、宮はこれでこの辺りも見納めになると山荘内の彼方此方を見歩いて廻った。一時的に仮り住居とこの地に来てそのまま年月を過ごしてしまった、そのあまりにも簡素な建物の姿を見て、自分の亡くなったあとでこんな家に若い姫達がこのまま辛抱強く住んでいけるであろうかと思い、宮は涙ぐみながら念誦する姿がすごく清楚な美があった。御許ら年かさの女房を呼び、
「私がいなくなっても心配ないように、姫君達に仕えてくれ。どの様なことも、もともと身分が軽くて、世間で噂されるようなことのない階級の人は、子孫の末に至って零落れてしまうのは普通の事で、そのようなことは人目につかないに違いない。親王といえども同じことで、世間からは見向きもされない零落れてしまうのは、悔しいことであるが、身分上はやはり親王という身分で高貴なために世間の批判にさらされるであろう。貧しく、何となしに佗しく、頼りない生涯を送るのは、世間並みのことである。しかし、いくら零落れたとはいえ、親王の娘はそれらしく生れた家の家柄や、家風の通りに品位を落とさない身のもちかたで振舞うならば、それは、外聞上からも、自分の気持の上からも、いかにも、自然に、無難と感じられるであろう。
親王の娘はそれらしく他人からの侮りを受けない身の持ち方で一生を終えるのが潔いことだろうと思う。富み栄え、人並のように暮らそうと、思っても、その気持に合う筈がないというような時に姫達が立ち至ったならば、人並みの富を持ったと、考えて軽率に姫達をろくでもない男に縁づけ申すな」
 と注意をした。まだ山への出発には間があると、宮は姫達の部屋へ赴いて、
「私が山寺に参籠して不在であるとしても、その間を、心細く思い寂しがらないように。不自由でも、気持だけは晴れ晴れとさせて、楽器の習練は怠らないように。何事も、思い通りになる事のできそうもないと思う世の中を、くよくよ思い込み心配ばかりしなさるな」
 と宮は言うと、後髪を引かれる思いで、娘達を振りかえり振りかえりして山荘を出発して山寺に向かった。姫達二人はそれから父の居ない寂しさに心細く、二人は何かと話し合って、
「もしも、二人のうち、どちらか一人がいなくなるならば、残った一人は、どうして暮らそう」 と中君、
「現在も将来も当てにならない浮世なので、もし、生別でも死別でも別れるような事があるならば、どうしようか、分からない」
 と大君、泣き笑いで戯れ事も、真面目な実生活関係の事も、二人は心を一つにして過ごしていた。