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私の読む「源氏物語」ー64-紅梅

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紅 梅  

 亡くなった前の太政大臣、昔は頭中将と言って源氏の遊び仲間であった、その二番目の男の子が按察の大納言ととなっていた。亡くなった柏木の弟である。幼少から世渡りが上手くて、陽性な性格であった人なので、宮仕えをし出してからは年ごとに童時代よりもまして、生き生きとして理想的に生活し、帝の信頼も良かった。妻との間に二人の子供があったが、妻は亡くなって、現在の妻は、大納言の父の後で太政大臣となった昔は髪黒と呼ばれていた者の娘で、以前に父親が妻と離婚をする際に、父親から離れるのを嫌がって真木柱から離れずに歌を残して去っていった、あの娘を後添えとしていた。真木柱と呼ばれるこの娘は母方の祖父である式部卿宮の一存で、故螢兵部卿宮(源氏の弟)に、嫁がされ、夫の螢兵部卿宮が他界後、この大納言が密かに自分の女として通い詰めていたのであるが、次第に公になって今では後添いの妻と言われても良い状態であった。 
 按察大納言の子供は亡くなった正妻の腹に二人あったがいずれも娘で、男の子がないのは、物足りないと、思い神仏に祈願をしていたのだったが、真木柱に男の子が授かった。彼女は亡くなった蛍宮との間に女の子が一人産んでいた。大納言は分け隔てをせず、実子も継子も、同じように可愛がったけれども、両方にそれぞれ付いている女房達の仲は睦まじいとは言えず、時には捻くれたような空気があるが、真木柱は大層明朗で、現代風の陽気な性格の人であったので二者の間を上手く音便に裁いていた。自分の連れ子である姫にとって、不利なことであっても、納得して上手く事を処理するので、陰口もなく感じが良かった。
 姫達は年齢がお互いに近く、次々と、女子が成人して初めて裳を着ける儀式、着裳と同時に、垂髪を改めて結髪して、成人になった。そこで大納言は寝殿を七間四面に、広く大きく造築して、南面に大納言の子供の大君、西面に同じく中君、東面に蛍宮の遺児の姫宮と住むようにした。真木柱の連れ子の姫は一般的に考えると、父宮が亡くなられたことは気の毒のようであるけれども、彼女の父は螢兵部卿宮、大納言の連れ子の二姫は外祖父式部卿宮からの譲与された遺産が多くあり、表立たない、内々の、儀式や生活の様子などは、奥ゆかしく上品に取り扱って理想的な毎日を送っていた。
 大納言がこのように大事にしている姫君があるということを聞いて、姉から妹へと順々に、婿にどうかと紹介してくる者が多くあり、帝や春宮からも声がかかってくるのであるが、按察大納言は、帝には明石中宮がおられます。あの方に匹敵するような身分容姿の方が他におられますでしょうか。劣ると分かっていて宮仕するようなのも、宮仕の仕甲斐がないであろう。また春宮には右大臣夕霧の娘の女御がこれも並び比べる人がないように控えておられる。まあこの方々と競争するのは難しいことではあるが、そのようなことを言っていては、他所の娘には負けてはいない、と思っている我が娘を宮づかいさせないとは残念なことである。大納言はそう思って一番年上の大君を入内させた。大君は十七歳愛くるしく、色つやの勝れた女であった。 二番目の娘中君も姉に匹敵するぐらい艶めかしく澄み切った容姿であるから、婿になるのは、臣下では惜しく、素のような輩に見せることは出来ないと大納言は思っていて、そこで兵部卿宮、である匂宮を、もし彼さえ良ければ婿にしたいものであると、大納言は思っていた。
 真木柱の男の子は、後には大夫君と言われるようになるのであるが、なかなかオ気があって、物事を深く考える、目つき・額つきである、匂宮はこの子が大好きで、内裏で見つけると呼び寄せて離さずに話し相手になっていた。
「姉の大君を見ているだけでは、私は満足する事ができない他の女君達も見たい」
 と父上に申せよ。と言うのを、この子は、それも尤ものことと、大納言に伝えると、大納言は思惑通りであるとほくそ笑んでいた。
「他人に引け目を感ずるような宮中奉公よりは、この匂宮が気に入るようであれば、嫁としてさしあげたい、是非にも合わせたいものである。私の臨み通りに匂宮を婿にするならば私の命が延びようものを」
 と妻の真木柱に言うのである。

 そうして、先ずは上の姉の大君を春宮のお側にお仕えするように急がせて、春日の神の御神託も、自分の時代に、もしや実現して。亡き父の思いであった弘徽殿女御の中宮にあがれず、源氏の力でもって秋好中宮が后となられたことが、何時までも胸につかえておられたことが、慰められるであろう」と、大納言は心中に春日の神を祈り、大君を春宮の女御に差し出したのであった。春日の守の神託とは、「皇后は、必ず藤氏から立つべき由」の事である。  
 大君は春宮から大変寵愛を受けてときめいておられますと、女房達の噂が大納言の耳に入ってきた。内裏の中では人との交際に馴れてはいないだろうと真木柱は大君の後見役として大君に付き添って内裏に上がった。真木柱の後見はたいへん事細やかであった。
 大納言の屋敷内は、大君はなく、その継母の真木柱も後見のために内裏に上ったので、物寂しくすることもなくなり、今まで西にいた中君はいつもは補飛んで大君と一つになっていたのに、大君が内裏に上がってしまってからは、毎日が物足りなく寂しく思っていた。東の君である真木柱の連れ子の宮君も、腹違いの姉たちと馴染み、夜は三人一所でやすみ、色々な習い事、音楽も師のようにして宮君から習っていた。
 この宮君は普通の女以上に恥ずかしがり屋で、母の真木柱ともはっきりと、面と向かっては話も出来ず、見苦しい程まで、内気に身を嗜むから、それはそれで、気だてや態度が、引っ込み思案の、目立たない様子ではなくて、人好きのする可愛らしさは人より優れていた。継父の大納言は、この度のことのように、大君の内裏人内や何やと、自分の実子の事をばかり、考えて急ぐようであるにつけても、継子の宮君が気の毒で、
「適当な宮君の縁を決めなされて、私に言ってください。大君、中君と同じように私は考えますから」
 と真木柱に言うのであるが、
「一向に男の人を考えて嫁に行くようなことを、考えるような娘ではありませんので、夫を持つようなことは苦しいことでしょう。将来のことはあの娘の運に任せて私が生きている限り面倒を見るつもりです。私がこの世を去った後はあの娘は可哀想なことになりましょうが、その時は出家をするかして、夫婦の契など結んで、人から笑いものにされたり、軽はずみなこともしなくて一生を過ごすことが出来ますでしょう」
 など涙を流して真木柱は言うのである。真木柱は娘の性質があのように温和しくても、何不足なく勝れて理想的である事を、宮君を心配する夫の按察大納言に言うのであった。自分の子供も真木柱の連れ子も同様に面倒を見る大納言は、親子と言っても継子であるから、まだ、宮君の容姿を見ていなかったが、真木柱から彼女の性質などを聞いて、一度顔を見たいと、思うのである。
「私に逢わないようになされるのが、気になりますね」
 と、顔を見せない宮君を何となく気になって、こっそりと一度見てやろうと部屋を覗いてみるが、着物の端も見ることが出来なかった。