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私の読む「源氏物語」ー62ー 幻

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 源氏は参列するのも今年が最後であると、思い例年よりは特に錫杖を振って唱える偈、即ち錫杖の声々などを有り難く感じていた。自分の命の行く末長いことを佛に祈るのであるが、そのことを、自分が現世に執着していると、仏がそのように取り上げなされば、その事は源氏とっては意味が違うので困るのである。雪が降り続いて積もり始めた。本会の主僧を源氏は呼んで柏梨の盃で酒を特に鄭重に進めた。柏梨は、古くは「かえなし」と読んだ。柏は摂津の地名でその地の梨で作った甘酒を、仏名の夜、公卿や衆僧に賜わる。それが柏梨の盃である。言辞は特にこの僧に褒美の品を与えた。毎年六条院にも伺候し、更に宮中にも参内するこの僧は、源氏とも親しい間柄で僧の頭が白髪になりつつあるのを見て、僧も歳を取ったなあと思うのである。いつもの通り親王や上達部が大勢参内して仏会に参列していた。
 一同で六条院に帰り梅の花が僅かに咲き始めた庭を眺めながら、折からの雪景色と共に例年通りの管弦の遊びを始めたのであるが、紫がいない今年は琴や笛の音も、きっと咽び泣くに違いない気がして、時節に相応した詩歌を朗詠する事だけをするのである。源氏がふと思い出して、僧都と杯のやりとりをする最中に、
春までの命も知らず雪のうちに
     色づく梅を今日かざしてむ
(来春、梅の花盛りまでの命であるとも私は知らない。されば、冬の雪の中に美しく咲き初めた梅の花を、今日髪に飾るかざしとして、きっとかざそう)

 僧都は、

千世の春見るべき花と祈りおきて
     わが身ぞ雪とともにふりぬる
(千年もの後の春にも、見る事のできる花であれと、御身の寿命の永久を祈って置いて、私の体は、どうも白雪と一緒に白髪の老人となってしまった)

 これに続いてあつまった人達がそれぞれ歌を詠うのであるが、ここには書かない。
 源氏は今まで籠居していて、人にも絶対に面会しなかったがその日だけは、仏名の席に出て来たので人々にも逢い談笑した。みんなは久しぶりに見る源氏の姿に、昔以上に美しさの上にも優しさが加わり穏和な姿に、特にこの老僧は涙を流して止まることを知らなかった。いよいよ我も晩年かと、思うと気弱くなり、自分の許にいる匂宮が、
「儺を追いはらおうと思うのに、鬼を追う時の物音は、鬼を驚き恐れさせるため当然、高くあるべきはずのものである。追儺の連中それぞれに、どういう事をしてもらいましょう」
 と言って、走り回るのを見て源氏は、出家をすれば美しく可愛い匂宮の御様子を見ることが出来なくなると、色々と源氏は我慢できないことが多かった。

もの思ふと過ぐる月日も知らぬまに
      年もわが世も今日や尽きぬる
(紫を愁傷するとて、過ぎて行く月日も知らずにいる間に、大晦日でかつ節分になって今日で今年も尽き、自分のこの世も、(来春早々出家しようと思っているから)今日で縁が尽きてしまうのであるか)

 正月一日の時の事、源氏は、六条院に参賀へ来られた人々への接待は、例年とは変わったことをするようにと、家人に言いつけて、親王や大臣への御祝儀や、その他の人達にも、身分に従って贈物などを二度と無いほどの立派な物にさせたそうである。

 中将の君と中納言の君二人が薄物を着て美しい表を羽織って添い寝に来た。此の二人が揃って添い寝をするのが始めてのことである。源氏は此の二人が特に好きであった、紫が不調の時はいつも此の二人のどちらかが添い寝をしてくれてやすらかに眠らせてくれたし、紫も此の二人の添い寝のことは知ってても別に嫉妬をするでもなく、源氏には何も言わなかった。中将は女童として六条院に働きだし、紫がとても可愛がっていた、中納言は遅れ奉仕に入ったのであるが、二人とも気立てが優しくて、朋輩先輩から可愛がられるし、慕われるという毎日を送っているうちにいつしか源氏の添い寝の役ということになった。
 今夜の二人の添い寝には少し力が入っていると、源氏は感じた。焚きしめた香は何となく強めでしかも心地が良く、体に触れる二人の指先も何となくいつもの優しさの上に二人の言いようのない感情がこもっているようである、源氏の頭の中からは紫の影が完全になくなっていた。男の精が沸々と体の底から沸きあがってきた。その源氏を察して、先ず中将が、
「殿失礼いたします」 
 と源氏の上に覆い被さってきた、薄物の前を開けて源氏の前も開けて、二人の肌と肌がからみついた、動きは止めていたが、中将の体はしっかりと源氏の男を体の中に包み込んでいた。源氏は温かかった。
「失礼しました」
 中将が離れるとすかさず中納言が覆い被さってきた、
「殿、懐かしゅうございます、まだお元気ですわねえ」
 中将と同じように源氏の体は完全に中納言の体の中に吸い込まれていた。温かかった。
 何回かこれが繰り返されて夜の明ける前に本当に久しぶりに源氏は男の力を思いっきり出し尽くした。

 源氏が六条院を離れる日、女房や家人達が涙を流している中に中将と中納言は爽やかな顔で源氏の出家への旅立ちを見送っていた。前駆もなくただ数人の供があるだけの粗末な牛車に揺られて源氏はこの世から佛の世界に入っていった、この日を境に、源氏を見かけた者も、語る者もなかった。一年ぐらいした頃、中将の君か中納言の君か、どちらかが子供を抱いているのを見たという噂がそっと流れてきた。
(幻終わり)