私の読む「源氏物語」ー62ー 幻
幻
源氏は五十二才になった。最愛の女紫を亡くし、紫葬送の悲しい年が明げて新春の光景を見ていると、春を好んだ紫の事を思い出すので、。冬の暗い季節を過ぎて気分は明るくならなければならないのに、心の中はなお一層暗くなってどうしようもない、そんな中、二乗院への参賀に訪れる次々と例年通りに引きも切らずに来るのであるが、源氏は気分が悪いと言って御簾の内にいて面会もしない。源氏の弟である螢兵部卿宮が参賀に参上してきたのにはに、「うちくつろいで、気の置けない所で、会うことにしよう」との考て、次のように、歌を送った。
わが宿は花もてはやす人もなし
何にか春のたづね来つらむ
(紫が他界したので、私の家には、花を賞翫する人もいない。それなのに、何故に春がおとずれて来たのであ ろうか。折角おとずれても、何の風情もないのに)
蛍宮は読んで涙を流し
香をとめて来つるかひなくおほかたの
花のたよりと言ひやなすべき
(梅が香を求めて慰めに来た甲斐もなく、通り一遍の、花見のついでに訪うたと、敢えて言うべきであろうか)
紅梅の下に出てきて梅を見る蛍宮の姿が本当に紅梅を綺麗だなあと見ているので、源氏は「この螢兵部卿宮以外に、花を賞翫する事のできる美しい人は、ないであろう」と、見ていた。紅梅の花はちらほらと咲きかけながら、花の色が有るか無いかの眺める者が微笑が出るような感じの可愛い色である。けれども、例年は管絃の遊びで賑やかに騒ぐのであるが、紫の亡いこの春は、例年通りにとは行かない行事が沢山ある。 女房達も紫に長年仕えていた者は喪服の色も墨染の色を濃くして着ながら、年は改っても主人紫を亡くした悲しさも、喪服も替えないで、未だに紫の死の悲しみを諦めることもできず、紫を恋い慕い申しあげる頃に、さきに源氏はぼんやりしていてもしょうがないからと言って囲いの夫人達の中に入って話し込んでいたが、それも最近は全然、夫人方の所にも行くことなく、、ここ二条院の女房達に囲まれているので、女房達も源氏と親しくなって、普通であれば源氏とはいえ男の前に顔を出すなどはしないのであるが、毎日のことであるので紫に仕えていた女房達は源氏と親しくなっていた。
この女房達を紫生前のこれまでの年月の間、源氏が、真面目に、心から、目にかけて寵愛なされる事などはなかったけれども、なかには源氏好みの女房が居て、紫は知っていたのかも知れないが夜の添い寝に誘い入れた女房も二三人居るのであるが、その女房も今は避けて、紫上の死後の現在は、こんな寂しい独り寝になったのであるから寵愛せられそうな物なのに却って、他の一般の女房なみに、大ざっぱに扱い、夜の宿直では、これもかれもと大勢を、御帳台のそばから少し遠くに引き離して宿直として控えさせた。それでも、退屈なのを紛らわそうと
女房達と紫との関係を話し合うこともある。
俗世間に、未練のあと形もない仏道修行の志が深くなるにつけて、朧月夜や女三宮などの件のように、あのように関係を最後まで押し通してしまい、とうてい未遂げられそうもあるまいと思われるようなことであったが、そのことについては、源氏が真剣な表情をしていた頃、紫は何となしに、恨めしく思っていたようであった。そのことを思い出すと、源氏は、どうして朧月夜の場合のように、一時の浮気であり、又、三宮の場合のように真面目な結びつきで気の毒な事情があったからで、そうとしても、あのような浮気心を、紫に見せたのであろうか。何事も紫は気転がきき老巧な気性であったから、私の心の奥もをよく知り嫉妬をし続けるようなことは、無かったけれども、事の成行をどれも一通りだけは、将来、どうするのであろうと、朝顔斎院や朧月夜との件の時はすこし心を乱したようであった。そのようなことを思い出すと源氏は紫が愛おしく、失ったことが口惜しくてならない。このことはとても源氏は自分の胸一つだけに納めておくことが出来ない心持ちになるのである。
私の浮気の度に紫が心を痛めていたことを知り、今も自分の近くに仕えてくれている女房達の中には紫が苦しんでいたことを思わせ振りに少しだけ話す者もいた。三宮が結婚して六条院へ来た頃紫は自分の心の鬱陶しいのを顔には出さなかったけれども、何かの折に、自分の身分はつまらなく情ない立場であります、と思っていたのは哀れであったが、源氏と三宮が結び合って三日目の雪が降った日の明け方の月を見ながら、格子の外に立って、源氏も体が凍るように感じたが紫の許へ帰るのが何となく躊躇っていた、空模様は、吹雪も烈しかった。その時迎えに出てきた紫の応待の態度は、大層人懐かしく、落ちついて温和であったが、彼女の衣の袖が涙でしっかりと濡れていた。それを見て源氏は彼女は一晩眠りもせずに泣き明かしていたのを隠して、微笑んで迎えてくれたことなどを思いだして、その時の様子を夢にでも、又はこの後いつかは見たいものだと、源氏は追憶に耽っていた。夜も明けたので宿直から自分の部屋にさがる女房であろう、
「雪が大変積もって」
と言う声を聞いて源氏は全くその(三日夜が明けて、三宮の許から帰った)時の気がするけれども、今は紫はいないので、一人ぼっちであるから寂しさは言いようがない、、
憂き世には雪消えなむと思ひつつ
思ひの外になほぞほどふる
(死んで行きたいと思いながら、情ないつらい憂き世にまあ、意外に、私は、やっぱりいかにも月日を過ごしている)
悲嘆を紛らして忘れるために、手や顔などを洗い清めて、例の如く仏に読経し、紫の冥福を祈る。灰に埋めた火をおこして火桶にいれる。中納言君と中将君とは源氏と添い寝の思い人であるので色々と話し相手になる。
「昨夜の独り寝が、あんなにも寂しいとは思わなかったよ、こんなに仏の道を真面目に考え、独り住みして、専心に念仏勤行できる世の中であるのに、然るに,私は、つまらなく、この浮き世にまだ関わっているよ」
といって源氏は二人を見る。
「紫と死別した上に自分までが出家してこの世から離れてしまうと、中納言君や中将君以下の女房達が嘆きがしみじみと、気の毒であるであろう」
と言って源氏は周りの女房達を見る。源氏がひそかに仏に勤行し、読経する声を、外の人が、たとい悲しみもなく、一通りの常なみの読経と思うとしても、それだげでも涙ぐむのであるのに、当の本人は涙が袖の柵(しがらみ)で堰き止めきれない程まで、流れて明け暮れ(毎日)、しみじみと悲しく、その源氏を見ている女房達の気持には悲しみが尽きない思いがする、と源氏に言う。
「この現世に不足に思う事が、殆どないほどに
源氏は五十二才になった。最愛の女紫を亡くし、紫葬送の悲しい年が明げて新春の光景を見ていると、春を好んだ紫の事を思い出すので、。冬の暗い季節を過ぎて気分は明るくならなければならないのに、心の中はなお一層暗くなってどうしようもない、そんな中、二乗院への参賀に訪れる次々と例年通りに引きも切らずに来るのであるが、源氏は気分が悪いと言って御簾の内にいて面会もしない。源氏の弟である螢兵部卿宮が参賀に参上してきたのにはに、「うちくつろいで、気の置けない所で、会うことにしよう」との考て、次のように、歌を送った。
わが宿は花もてはやす人もなし
何にか春のたづね来つらむ
(紫が他界したので、私の家には、花を賞翫する人もいない。それなのに、何故に春がおとずれて来たのであ ろうか。折角おとずれても、何の風情もないのに)
蛍宮は読んで涙を流し
香をとめて来つるかひなくおほかたの
花のたよりと言ひやなすべき
(梅が香を求めて慰めに来た甲斐もなく、通り一遍の、花見のついでに訪うたと、敢えて言うべきであろうか)
紅梅の下に出てきて梅を見る蛍宮の姿が本当に紅梅を綺麗だなあと見ているので、源氏は「この螢兵部卿宮以外に、花を賞翫する事のできる美しい人は、ないであろう」と、見ていた。紅梅の花はちらほらと咲きかけながら、花の色が有るか無いかの眺める者が微笑が出るような感じの可愛い色である。けれども、例年は管絃の遊びで賑やかに騒ぐのであるが、紫の亡いこの春は、例年通りにとは行かない行事が沢山ある。 女房達も紫に長年仕えていた者は喪服の色も墨染の色を濃くして着ながら、年は改っても主人紫を亡くした悲しさも、喪服も替えないで、未だに紫の死の悲しみを諦めることもできず、紫を恋い慕い申しあげる頃に、さきに源氏はぼんやりしていてもしょうがないからと言って囲いの夫人達の中に入って話し込んでいたが、それも最近は全然、夫人方の所にも行くことなく、、ここ二条院の女房達に囲まれているので、女房達も源氏と親しくなって、普通であれば源氏とはいえ男の前に顔を出すなどはしないのであるが、毎日のことであるので紫に仕えていた女房達は源氏と親しくなっていた。
この女房達を紫生前のこれまでの年月の間、源氏が、真面目に、心から、目にかけて寵愛なされる事などはなかったけれども、なかには源氏好みの女房が居て、紫は知っていたのかも知れないが夜の添い寝に誘い入れた女房も二三人居るのであるが、その女房も今は避けて、紫上の死後の現在は、こんな寂しい独り寝になったのであるから寵愛せられそうな物なのに却って、他の一般の女房なみに、大ざっぱに扱い、夜の宿直では、これもかれもと大勢を、御帳台のそばから少し遠くに引き離して宿直として控えさせた。それでも、退屈なのを紛らわそうと
女房達と紫との関係を話し合うこともある。
俗世間に、未練のあと形もない仏道修行の志が深くなるにつけて、朧月夜や女三宮などの件のように、あのように関係を最後まで押し通してしまい、とうてい未遂げられそうもあるまいと思われるようなことであったが、そのことについては、源氏が真剣な表情をしていた頃、紫は何となしに、恨めしく思っていたようであった。そのことを思い出すと、源氏は、どうして朧月夜の場合のように、一時の浮気であり、又、三宮の場合のように真面目な結びつきで気の毒な事情があったからで、そうとしても、あのような浮気心を、紫に見せたのであろうか。何事も紫は気転がきき老巧な気性であったから、私の心の奥もをよく知り嫉妬をし続けるようなことは、無かったけれども、事の成行をどれも一通りだけは、将来、どうするのであろうと、朝顔斎院や朧月夜との件の時はすこし心を乱したようであった。そのようなことを思い出すと源氏は紫が愛おしく、失ったことが口惜しくてならない。このことはとても源氏は自分の胸一つだけに納めておくことが出来ない心持ちになるのである。
私の浮気の度に紫が心を痛めていたことを知り、今も自分の近くに仕えてくれている女房達の中には紫が苦しんでいたことを思わせ振りに少しだけ話す者もいた。三宮が結婚して六条院へ来た頃紫は自分の心の鬱陶しいのを顔には出さなかったけれども、何かの折に、自分の身分はつまらなく情ない立場であります、と思っていたのは哀れであったが、源氏と三宮が結び合って三日目の雪が降った日の明け方の月を見ながら、格子の外に立って、源氏も体が凍るように感じたが紫の許へ帰るのが何となく躊躇っていた、空模様は、吹雪も烈しかった。その時迎えに出てきた紫の応待の態度は、大層人懐かしく、落ちついて温和であったが、彼女の衣の袖が涙でしっかりと濡れていた。それを見て源氏は彼女は一晩眠りもせずに泣き明かしていたのを隠して、微笑んで迎えてくれたことなどを思いだして、その時の様子を夢にでも、又はこの後いつかは見たいものだと、源氏は追憶に耽っていた。夜も明けたので宿直から自分の部屋にさがる女房であろう、
「雪が大変積もって」
と言う声を聞いて源氏は全くその(三日夜が明けて、三宮の許から帰った)時の気がするけれども、今は紫はいないので、一人ぼっちであるから寂しさは言いようがない、、
憂き世には雪消えなむと思ひつつ
思ひの外になほぞほどふる
(死んで行きたいと思いながら、情ないつらい憂き世にまあ、意外に、私は、やっぱりいかにも月日を過ごしている)
悲嘆を紛らして忘れるために、手や顔などを洗い清めて、例の如く仏に読経し、紫の冥福を祈る。灰に埋めた火をおこして火桶にいれる。中納言君と中将君とは源氏と添い寝の思い人であるので色々と話し相手になる。
「昨夜の独り寝が、あんなにも寂しいとは思わなかったよ、こんなに仏の道を真面目に考え、独り住みして、専心に念仏勤行できる世の中であるのに、然るに,私は、つまらなく、この浮き世にまだ関わっているよ」
といって源氏は二人を見る。
「紫と死別した上に自分までが出家してこの世から離れてしまうと、中納言君や中将君以下の女房達が嘆きがしみじみと、気の毒であるであろう」
と言って源氏は周りの女房達を見る。源氏がひそかに仏に勤行し、読経する声を、外の人が、たとい悲しみもなく、一通りの常なみの読経と思うとしても、それだげでも涙ぐむのであるのに、当の本人は涙が袖の柵(しがらみ)で堰き止めきれない程まで、流れて明け暮れ(毎日)、しみじみと悲しく、その源氏を見ている女房達の気持には悲しみが尽きない思いがする、と源氏に言う。
「この現世に不足に思う事が、殆どないほどに
作品名:私の読む「源氏物語」ー62ー 幻 作家名:陽高慈雨