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私の読む「源氏物語」ー61-御法

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 明石中宮は里帰りから代理へ戻ろうとするが、もう少し側にいて欲しいと、紫は思うのだがそれは、そういう事を言えば、自分の余命を知ったぶっているようでさし出がましく、また、帝からの帰ってくるようにとの催促の使者が頻繁に来ているのも、気がかりであるから、明石中宮に、もう少し側にいて欲しいとも頼むことは出来ないけれども、明石中宮の居間である東対にも自分では行くことが出来ないから、中宮が紫の病室へ会いにという知らせが来たので紫は、
「中宮の御越しは病中でそこらが散らかって、失礼ではあるけれども、自分の余命は幾ぱくもないと思うから、明石中宮にお逢いしないのも、残念である」と言うので、紫の病床近くに、明石中宮の座る場所を特別に誂えて迎えた。
 中宮が見る紫は、本当にやせ細っていたが、
このように痩せ細ってこそ、紫の上品で優雅さがこの上もなく平素より以上に立派であると、お元気な頃、あまりにも、つやっやと美しく艶麗さが多過ぎて、あざやかであったが女盛りは
却って、見る目にはこの世の花の香にも比較する事ができたのに、今はこの上なく愛らしげであり風情があり、深みが加わり、本当に無常を悟りなされた様子を見ると、たとえる物もなく御気の毒なので、明石中宮は此が最後の別れとなるのではないかと悲しく思うのであった。
 風が少しだけ強い夕暮れ時に紫は前の庭をみたいと脇息にもたれて起きあがっていたら、源氏が来て紫を見て、
「今日は起きあがっているのは明石中宮に逢われてこの上なく、気分も晴れ晴れしたようであるな」
 このように少しばかり紫の気分のよいことも嬉しいと思う源氏の様子を見て紫は気の毒で、「結局、私の死を、どんなに、源氏は悲しく嘆き騒ぎなされるであろうか」と思うと、悲しく、

おくと見るほどぞはかなきともすれば
        風に乱るる萩のうは露
(花に置くと見ている間が、いかにもはかなく頼りないのである。ややもすれば、吹く風に散り乱れる萩の花の上露は。私が起きていると見る間も、どうも、あてになりませぬ。ともすれば、無常の風に散る萩の花の上の露のように無常の風に散る命でありまう)

 風のため、萩の枝が撓んだり、又もとに返ったりして、止まっている事ができそうもないこぽれ落ちそうな萩の花の露も、なる程その通りと紫の身に思い合わせたにつけても、紫上の病気の悲しいのに、その上風が凄くて露のこぼれることが、悲しさの忍び難いのに、源氏は、新古今集 僧正遍昭の歌「末の露もとの雫や世の中の後れ先立つためしなるらん」(草木の先の露と根もとの雫が、世の中の、人がおくれて死に、先立って死ぬことを示す例であろうか)
と言う歌を頭の中に思いだして、

ややもせば消えをあらそふ露の世に
      後れ先だつほど経ずもがな
(どうかすると、先を争って死んで行く露のようなはかない世に、私達は、後れたり先だったりする。時を隔てず、続いて死にたいものである)

 と流れる涙を拭いもしない、中宮が、

秋風にしばしとまらぬ露の世を
     誰れか草葉のうへとのみ見む
(秋風のために、暫くも止らない、はかない露のような世を誰が草の葉の上の露だけであると見過ごそうか。草に置かぬだけで、人の命も同じである。)

 と源氏の歌に合わせる。紫も中宮も姿、器量も見る価値がある女であるが、このようにして千年も過ごせたらなあと、源氏は思うのであるが、命というものはどうにもならないもので、死に行く人を止めようとしても方法がないのが哀しいと想うのである。
05
 紫は急に、
「もう、中宮は、お部屋に帰り下さい。私は、なんとなく気分が悪くなりましたから。どうしても、どうにもならなくなってしまったと時は、中宮などの前には、大層失礼な姿になりますから」
 と言って、病に苦しむ失礼な様を見せないように几帳を近くに引き寄せて隠れて伏せてしまった。いつもより様子が変わっているので、中宮が、
「どうなされたのか、まさか死にはしないだろう」
 中宮は紫の手を取って涙しながら紫の容体を見ると、本当に消えゆく露のような気がして、
臨終と見られるから、御祈祷のための御誦経を頼みに行く使者達が、あらゆる寺々へ僧を迎えに走る。以前にも、こんな状態で生き返ったことがあったので今回もそうではないかと、物の怪であると源氏は思い夜通し祈祷などをし尽くすのであるがその甲斐がなく、紫の上は、中宮を始め多くの人に看取られて明け方に息を引き取った。 
 中宮は内裏に帰ることもせず、義母である紫の上の枕頭に、このように侍して、臨終を見取り申した事を、良かったとも、又悲しいとも、いつまでも限りなく思い続けていた。誰もかれも、死別を「(生者必滅会者定離という通り)当然の別れで、外にいくらでも例のある事」とは知っているがそれでも諦められなくて、非常に悲しんで、紫の死は夜明け方のうす明りの中に見る夢か、うつつかと、頭が混乱してしまっていたことは、言うまでもない事である。このような場所には物のわかる気のたしかな人はいなかった。紫に仕える女房達も気が確かな者はいなかった。源氏は最愛の紫に死なれてもう心の鎮めようがなく、夕霧大将が近くに寄ってきたのを紫の几帳の側に呼び寄せて、
「紫がこのように臨終であるので、彼女が念願していた出家のことを、このような時にその想いを遂げてやらなければ可哀想だから、御祈祷に伺候している高僧達は勿諭、読経の僧なども、皆読経を止めて退出してしまったというのであるけれども、まだ居残って、出家のため剃髪授戒などを行う事のできる僧もおるであろう。紫は仏の御利益(ごりやく)でも、この現世では、蘇生する希望が駄目である気がするから、仏の御利益を、今は、せめて冥途の供養にでも、頼み申そうと思うから、髪を剃ることを頼んでくれないか。授戒が出来る僧が残っているであろう」
 と言う源氏の言葉は気を張ってしっかりしていると、自分では思っているようであるが、顔色は常とは変わって情け無いほど悲しみにひしがれて涙を流し放しなのを、夕霧は父の悲しみは当然のことであると、可哀想に思っていた。
「物の怪とは父上を惑わそうとこんなに、紫上を気絶させる事がありますから、父上の心を苦しめようと、紫上を気絶させたのでありましょう、ですからともかく、父上のお考えは結構なことで御座います。生前に、一日一晩でも、忌む事、戒を受ける利益は、いかにも無駄ではないでしょう。然し本当に亡くなられてしまっておられ、その後での剃髪は姿を変えて受戒なされても、死後の受戒では、紫上には、来世の格別な御功徳とも、御なりなさらないかも知れない物で、ただ、後に残った人達の眼前の悲嘆だけが、却って膨らむようなものと考えられますので、父上のお気持ちは如何なものでしょう」
 と、夕霧は自分の考えを源氏に言う。そうして四十九日の御忌中の間、二条院に籠もって、供養しようという篤志で、退出しない僧達の中から、その人あの人など、授戒のできる人を召して、授戒の儀式などを夕霧が指示して行った。